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2016年4月21日木曜日

バイクを買おうかと思っている

このブログもたいがい不平不満ばかりだけど、久々に投稿してみようと思ったのは愉快なことだ。

10年は行かないか・・・しかし5年以上、まともなバイクには乗っていない。

16歳で免許をとってからの趣味だったバイク。ツーリングが好きでいろいろ乗り継いで、社会人になってから少しだけサーキット走行もしてみたりして、大型免許とってスーパースポーツに乗って。

ただ、自分はよくバイクを転かしてしまうので、肉体以上に財布にかかるダメージがメンタル的にきつくなってきて、手放してスーパーカブ125など買ってみて。結局、事故に遭うわ盗まれるわで、それならと手に入れたのが今も乗ってる125のスクーター。

メットインが便利だとか、通勤にも使うつもりだったとかそういう理由はつけられるが、たぶん、気分を変えたかったのかも知れない。けど、やはりスクーターは俺には合ってなかったようで、二度ほど少し遠くに走ってみたが全然面白くなく、通勤にも使わなくなったので、スーパーに買い物行く専用マシンでしかなくなっていた。

それもボロくなってきてるし、「もうバイクも乗らなかな」と思って毎年自賠責も1年更新してたのが・・・。

なぜだろう、しばらく前から非常にバイクに乗りたくなってきた。

今は主に自宅で仕事をしているので、毎朝の通勤もなく、そういう意味では生活は快適だ。料理の機会が増えて、すっかり自分で作った飯で飲むのが楽しみになってしまった(主に肉と油を活かした系統の)。

余裕こいて自宅で野菜やハーブも育てており、それを薬味にしてツマミを作るのも愉快だ。

まるで定年で隠居したおっさんのようだが、それは普通はその歳にならなきゃ出来ないというだけで、(一時的かも知れないが)40歳でその時間を獲得できている今の俺はラッキーであり、普通に楽しい。ランニングに勤しんだり、たまには登山もしたり。


だが、何か。何かが足りないという気がする。刺激が何もないわけじゃない。家で作業しているだけで、仕事は十分に厳しいし、チャレンジングなことをしているつもりだ。

けど、それでも。


自宅の作業机の前には窓があり、武甲山を右手に、秩父から奥多摩へと連なる山並みが見える。うちの近所は夕方にランニングをすれば、俺が勝手に「釧路」と呼んでいる大きな調整池の向こうに赤く染まる富士山もよく見える。


登山や釣りのために電車やクルマでそのあたりに行くことは最近でもたまにはある。けど、それはそれでいいけど、そうじゃない何かがしたいと思う。


バイクというのはやはり、移動手段ではないのだと思う。乗ることそれ自体が目的なのであって、それは他の移動手段で同じ目的地に行くことでは代替できない。

で、その「バイクに乗ることそれ自体」というのが、 やはり自分は好きなんじゃないかなと。まあ、いろいろな乗り方がある。けど、いま欲しているのは、陳腐な表現だが気ままな散歩のような乗り方だ。結局、俺は「一人でウロウロ」と言うのが大好きな性分なんだと思う。


残念なことに今は使える予算も少ないのだが、幸いなことに一時期の寒い時代が嘘のように、今のバイク業界は軽量級が活気づいている。何か手頃で楽しいマシンでも手に入れようと思う今日この頃だ。



・・・・けっして「ばくおん!」の影響ではなく!いや、ほんとに!






2012年4月13日金曜日

ハッカーと画家、そしてジーパン

ハッカーと画家、という本がある。 数年前に読んで非常に面白かったのだが、最近ふと思い立って、再度読んでいる。ま、通勤電車内でも気の向いた時、iPhoneでのゲームの合間などにちょこちょこと。

 


最初の方の、ナードの分析(著者の自己分析)も非常に面白いというか、そうだよなあ…と頷かされると言うかだし、その他にも面白いことがたくさん書いてある。

最近流行りのビジネス書なんかが実にバカバカしく思えるような、「それ言っちゃオシマイだけどその通り」みたいな話が多くて、こういうのばかり読んでると会社の上司というか管理職の方々と真面目な顔してお話できなくなってしまうと心配になるくらいだ。

今度時間がある時に、気に入った名言をいくつか引用でもしてみようと思うのだが、とりあえず一つ、とても気に入ったものの見方を紹介しておく。

曰く、

流行の本質は、それが流行だとは誰も思っていないという点にある、

とか何とか。

いま手元に本が無いので、そのままの引用ではないが意味は合ってるはずだ。


これは、俺も昔から思っていたことだが、まあ奇麗な一文にまとめてくれたものだと。


ここからは俺の回想を述べる。

小学校高学年くらいの頃、ケミカルウォッシュのボンタンジーンズ(足首は非常にスリムなのだが、2タックとかの)が流行っていた。そう、まさに流行っていた。

で、社会の教科書か何かで70年代頃の若者の写真が載っていて(ただ写真が古かっただけで、若者の服飾文化云々という話ではなかった)、それを見て俺は大いに笑い転げていたのだ。

…ナニこのジーパン、ベルボトムっての?昔はよくこんなの穿いてたよな。だって変だよ、なんで膝細くて裾がやたら太いのさ!

中学はスリム/ボンタン全盛期にあたり、そのまま過ごした。高校生になった時も、そういう形の改造制服(実際は改造じゃなくて、そういう店で買って来るだけなのだが)を着用していた。

ところが、高校3年になった頃だったか。どうもこの、スリムズボンがダサくなって来たのだ。なんかオシャレっぽい者はむしろ標準的なストレートのズボンになっており。そこで俺も、もともと持っていた標準制服のストレートズボンを穿くようにした。

さらに大学に入る頃には、もはやジーンズはブーツカット全盛期であった。俺ももちろん、ブーツを履いてブーツカットのジーンズを穿いていた。いわゆるオタク臭さ全開の同級生が、いまだストーンウォッシュのスリムジーンズを穿いているのを見て、(自分もボーダーラインのくせに)うわ、だっせえな、何でモモ太くて足首細いんだよ、あり得ねえだろ、などと内心で笑っていた。

この時、もちろん、自分が数年前に正反対のことを考えていたという事実には気付いていた。

だが、俺は愚かにも、こう考えていたのだ。

やはり、スリムのケミカルウォッシュが格好いいなんて思っていたのが流行の恐ろしさだよな。あんな変なものが良く思えてしまって、フレアしたワンウォッシュのシルエットの格好良さがわからなくなるなんて。やはり、ズボンの形は本質的に裾広がりであるべきなのに。なぜって、その方が遠近法と裾が下がる視覚効果により脚がすらっとして見えるはずだし、理にかなってる。暗い色は脚を細く見せる効果もあるだろう。だが、明るく不自然なウォッシュ加工で、ロールアップして足首なんか出してたら脚は太く、短く見えるじゃないか。それが格好いいなんて、加工技術の発展で一時的に生じた麻疹のような流行による病的な感覚だよ…。

…。


そして、就職して数年、社会人になって、しばらくはスーツ生活だったがジーンズで出勤できるような職場に転職した俺は、ある時、若くオシャレな青年のズボンがスリムであることに気づき、しばらくは「へえ…」などとスルーしていたのだが、結局、なんだかブーツカットは古臭く思えてきて、スリムなズボンに乗り換えるのであった。

先日に購入したズボンも、ハードなウォッシュで明るめに加工されたスリム…まあ、むしろスキニーのデニムである。いまは裾をおろしているが、去年の夏などはロールアップで通勤していた。


もっとも、もはや俺は、だからと言ってブーツカットやストレートやベルボトムを「根本的にかっこわるい」などとは勿論思っていない。さすがにそこまでバカじゃない。

ただ、若かったとは言え、自分が、周囲の流行には左右されにくいなどと自認している自分が、思い切り価値観を流行によって塗り替えられていたという事実は、実に面白いと思っている。

俺は、ズボンの観察によって、流行と言うのは「これが流行っている」などと思ってるうちは本物じゃないのだな、とある頃に気付いていた。本当に流行している時には、それはただ常識的な価値観になっているのだ。





ま、ファッションの流行は、俺にとってはただの面白いネタだ。そこまでオシャレに拘ってるわけでもないし。

ただ、ビジネス界の流行には、しばしば辟易させられる。不惑も過ぎたような大人達が、流行に惑わされて右往左往して、したり顔で何か言ってるのを聞くと、笑うのも困るのも通り越して、何か悲しくなってくる。人間て、こんな程度なのかなと。

2011年12月9日金曜日

Black Boy

Black Boy!
暗闇に沈む Dining Floor
微かな香りが Calling me in the night 誘(いざな)う

Black Boy!
夜明けは まだ遠い
縋る神さえ無くとも
ここが Best Place for me, forever

誰が僕を止められるのだろう?
黒い翅は飾りじゃないぜ!

( Running to shadow, from shadow )
街から街へ闇から闇へと

( Living in darkness on loneliness )
陽の当たらない孤独と甘い罠

( Running to shadow, from shadow )
部屋から部屋へ隅から隅へと

( Living in darkness on loneliness )
塵に塗れても Yes, I'm survivor


世界は進化し続けるけど
何が僕を変えたというだろう?

( Running to shadow, from shadow )
街から街へ闇から闇へと

( Living in darkness on loneliness )
陽の当たらない孤独と甘い罠

( Running to shadow, from shadow )
部屋から部屋へ隅から隅へと

( Living in darkness on loneliness )
辿り着いたなら 今夜は会えるさ

何年か…10年は行かないか?くらい前の俺、の名曲「Black Boy」の歌詞である。

歌詞であるから、当然のように曲もある。もちろん、作曲編曲、俺。

当時、新卒で就職して2年目くらいか。受験で一浪してるし院卒であったから同期の中でも年長だった俺だが、同期はどこか大人びて感じて、むしろ1年下の後輩達とよく遊んでいた。どうも精神年齢が実年齢よりいくつか低いのか知らん、と思う。バカなだけかも知れないが。…まあ、そんな中にひとりギターをやってる者がいたので、おもしろがって俺もエレキギターを買い(2万円はしないもの)、それをおむすび型でスケルトンカラーだった頃のiMacに繋いで、内蔵マイクに向かって歌い、何曲かレコーディング(笑)したのであった。

iMacは壊れ、iBookを買って、それも壊れ、MacBookを買い、そして最近はもっぱらiPhoneばかり使っている。

…のだが、さっきの帰り道、滅多にやらないシャッフル再生をしていたらまさかの自作自演ソングが。

久々に聴いて、…ヘタクソではある、だが楽器も音楽も知らない割りに意外と出来てるじゃないか、と思ってしまったのであった。

いや、とても人に聞かせられるモノではないのだが、冗談にしてはよく出来てるっつうか。器用なもんだな、って。自分で言うのも変だけど。

とは言え、高校や大学で経験が無いのに社会人になって突然始めたものと言えば、俺にとってはやはり何はさておきプログラミングなわけだ。

なにせ1行も書いたことない、というか「C言語」という存在すら知らなかったのになぜかプログラマとして採用されたからな。

そして、意外にもまだこれは続けているし、十分に飯の種になってるのがまた笑える。

さて。

明日はテスト環境の再構築であるから、さっさと寝るか。

2011年3月18日金曜日

我々が築いてきたもの

3月11日の夕方、都内のビル群。




言わずもがなだが、東日本大震災の直後だ。宮城沖、続いて茨城沖と揺れた後で、この窓の左手からは台場で黒煙を上げるビルが見えた。
もっとも、黒煙の正体は工事中のビルの屋上で何かが燃えたというようなもので、大事に至るものではなかったのだが、晴れていたと思ったのにいつの間にか、この時間にして厭に暗く立ちこめた雲に、何とも不気味なものを感じた。

その後に何が起こったか、起こっているかはここで語ることでもないだろう。

ただ、俺の身の回りに起こったことと言えば。


当日は、すぐに帰宅許可が出たものの、鉄道がほぼ全線不通となり、帰るに帰れない。泊まることになるかも知れないと晩飯を買おうかと思ったが、窓から外を見下ろすと、弁当屋やコンビニには既に見た事がない行列が出来ている。

ま、大きな店なら空にはならないさと、同僚と少し離れたスーパーに惣菜を調達に行けば、品物がなくなり臨時閉店だと言う。居酒屋も、満席か閉店か。最期に1軒、焼き肉屋の最期のテーブルにたまたまありついて、勢いでビールなど飲んで。

ここまではまだ、事態の重大さにあまり気付いていなかったのだろう。

東北沿岸で深刻な被害があったことは既にニュースになっていたが、悪ければ1000人ぐらいは亡くなってしまうかもなと話していた。道路は凄まじい渋滞だったし、鉄道はその日には走らないとわかったが、一時的な混乱と考えた。

実際、俺は、なぜかこの日たまたま「気分で」クルマで出勤して(オフィス近くの有料駐車場に2000円払ってまで)いた後輩に、家が近いこともあり送ってもらうことにした。空いていれば30分そこそこという道のりを、4、5時間かけてのドライブになってしまったが、半分はイベントとして楽しんでいた。車の中にいてもわかる余震があっても、「おうっと!」なんて。

が、もうすぐ家に着くという頃、ワンセグテレビの速報に「震源が新潟」と出た時に、ふと、とてもイヤな感じがしたのは覚えている。あちこちで地震が起きているから、ではない。俺はこれでも地学分野を専攻していたから、プレートテクトニクスに基づく地震のメカニズムはある程度は理解しているつもりだ。宮城と連動して茨城、そして新潟まで大きく揺れるということが、規模の大きさを語っており、だとすると最初の震源の東北は…ただ事ではないのではないかと思ったのだ。いや、ただ事じゃないのは既にわかっているのだが、思っている以上に大問題なのではないかと。

結局家に着いたのは早朝と言ってもよい時間。この時点で、朝飯のパンをと深夜営業のスーパーに立ち寄った。さいたま郊外の早朝のスーパーでは、パンもコメも電池も十分だったが、都心での枯渇を見ていたので、「まとめ買いした方がいいだろうか」と考えた。だが、過剰なまとめ買いは、過剰な品薄感を演出し、さらなる買い占めを呼び…と、そういう悪循環はすぐに想像できたから、その日に食べる分のパン程度を普通に買って、帰宅した。誰に咎められるわけではないが、パニックの先鞭をつけたくはなかったし、本当に食糧が枯渇することなど無いと確信もしていたから。


土日、延々と流される災害特別番組。見れば見るほど、とんでもないことが起こったのだとわかった。それでも、まだ、問題は東北で起こっていると考えていた。関係ないと思ったわけではない。東北には親族もいる(無事は確認できていたが)し、景気が悪化するだろうなとも思ったし、停電の話もあった。義援金を送ることを決意したりもした。が、問題の現場はもうちょっと北だと。自分は…首都圏の人間は、淡々と粛々と日々の仕事をこなしながら気持ちとお金で支援をして行けばいい、と。

コメの買い占めもガソリンの買い占めも、予想は出来た。そういうことは起こるだろうと。だが、ほどなく解消するだろうと思っていたから発作的行動はとらなかったし、今もそうだ。俺はガソリンを買うのに2時間も並ぶ気はないし、コメを探して市内中を旅する気もない。

原発の放射能汚染へのパニックから、首都圏を脱出して西へと逃げる人びとも、多少は出るだろうと思った。こんなに多いとは情けない限りで、ああ、もうさっさと出て行って、その代わりに二度と関東に戻って来んなよ、バカが減るなら都合もいいしな、などと言いたい気にもなるが、まあ、そこそこ想定内の事象ではある。

が、交通の混乱を見越して休日となった月曜、火曜が明け、水曜日に出社してみると、まさかの展開が待っていた。

何人かの、外国人の社員が、パニック状態に陥り帰国してしまったのだ。その中には、本人ではなく本国の親が、国内報道以上にセンセーショナルな海外メディアのニュースを見てパニックを起こし、「何がなんでも帰って来い、すぐに日本を脱出しろ」と騒いでいるため、仕方なく帰った者もいる。

そんな中に、優秀なエンジニアであり俺の信頼できる部下である者も複数、含まれていた。

帰国すると言っても、会社を辞めたくなったわけではない。実際、辞めもしない。だが、とにかく今はここにいられない、ということなのだ。インターネット経由の回線を使って仕事をすることも出来るが、しかし、やはりそれは効率が落ちる。俺は、出来れば踏みとどまって欲しかった。

だが、地震のない国で育ち、「津波」という概念すら持たない彼ら(或いはその親)には、天災で1万人以上が消息不明となるような事態そのものがまったく呑み込めない。理解の問題ではなく、受け入れられない。そして原発事故も。実は日本は、過去に何度も原発事故を体験している。原爆も落ちている。嬉しい事ではないが、ある意味での核への免疫はあると思う。だが、それも彼らには無い。



俺は、偏狭なナショナリズムは嫌いで、日本だニッポンだとすぐ括るのは嫌なのだが、この時に、ああ、アホな都知事は無いと言ったが、確かに日本人にはアイデンティティがあるのだなと感じた。

明文化して定められてことのあるものでも無いし、一言であらわす単語を俺は知らないが、この、凄まじい災害を受け入れられる姿勢、ある種の諦めと開き直りと粘り強さというか、今、海外メディアがさかんに賞賛してくれている日本人の美徳が多少持ち上げ過ぎだとしても、何か独特なものはある。



…自称「社内一の少数精鋭チーム」として長く一緒にプロジェクトを進めてきた部下に、その日の便で帰ると告げられた時、俺はもはや、それを責めようとか止めようとかは思わなかった。いくら仕事が何だと言っても、何の比喩もなく命をかけてやれとは言えない。そういう仕事じゃない。もちろん、俺は、今の東京に留まることが命懸けの決断だなんてちっとも考えてはいない。だが、それは理屈だ。恐怖は理屈ではない。日本人ですらその恐怖に負けて首都圏脱出をしているのだ。

ここはけして危険じゃないが、お前が不安になることは理解できる。だから気にせずにまずは逃げろ。諸々が落ち着いてから、どうするか考えてくれ。そんな話の中、ふと、会議室の窓を見やり、俺は言った。

なあ、ちょっと外見てみろよ。東京だってあれだけ揺れたろ。向かいのビルが曲がってるのが見えたろう?
でも、ここから見えるビル全部、ガラスの1枚にヒビだって入ってないだろう?日本は地震の国だ。何度もあちこちで大きな災害があり、建物も壊れ、多くの人が死んだ。が、その度に耐震基準を厳しくし、揺れに強い建物を研究して、こうして街を作ってるんだ。
耐震も都市計画もいろいろケチも付いてるが、でも確かに成果は出てるだろう。この無傷の景色がその証拠だ。
何をそんなに怖がることがあるんだ?

そんなことを言いながら、これまで、何度も破壊され、作り直し、非難され、改善し、破壊され、また研究し、造り…そういう歴史の積み重ねを思った時、なぜか、泣きたいような気持ちになった。

日本人の総体の素晴らしさに感動したんじゃない。

常に研究、研鑽をして、より高い安全性を確保しても、どこかに綻びがあれば庶民からもお上からもボロクソに言われ、それでもまた何かを前進させ、確かに何かは進んでいるのに、普通の人には出来ないことをしているのに、「完全じゃないから欠陥だ」という魔女裁判のような理屈で批判され、たとえ無能だ嘘つきだと言われても、それでも前に進んで行く技術者の業のようなモノに泣けてきたのだ。

地震で壊れないビルや街を作った彼らの”活躍”は、被災地の前線の男達のように派手ではないけど、全部は救えなかったけれども、でも確かに無数の命を救った筈だ。


まあ、少々大袈裟、おセンチな話だ。
ただ、俺は冷徹な素振りを意識してるけど、実は結構、涙もろいんでね。

2010年10月21日木曜日

戻ってきたぁ!黄泉の国から戦士達が帰ってきたあ

…と叫んだ乙事主の気持ちに今の俺はかなりシンクロしている。

だが違うのは、乙事主のもとには戦士はまったく帰ってきていなかったのだが、俺の手元には、夏に失ったパワーが確かに戻って来たということだ。

短いようで長かった。長いようで短かった。

いろいろと悩み、考えさせられもした。

少なからぬ痛みを受けた。

罪には罰、そして償い。


ああ!


しかし、世界はまだ赦しを忘れてはいない。

Let mercy come and wash away what I've done!


人は簡単に変わることは出来ない。しかし、行動を変えることは出来る。

そしていま再び、鴻巣で鰯雲を見上げたあの日から凍てついたままだったエンジンに火を入れ、俺は新しい世界に向かってアクセルを…ゆっくりと踏み込もう。二度とは同じ轍を踏まぬように。




  *   *   *

以上、短く言うと6文字で書ける嬉しい出来事を、ポエムに綴ってみました。


2010年1月14日木曜日

神懸かり的三連コンボ(α)

実は、この事故—盗難事件は、それだけではない。

なんと、事故の前日には山道で初の転倒も喫しているのだ。

つまり、新車で買ったバイク、ちょうど一ヶ月点検を挟んだわずか3日のうちに、
  1. 転倒し (バイク屋も気づかないほどだったが、左足は打撲しずる剥けた)
  2. 翌日に事故に遭い(被害者。右真横に突っ込まれ、両手と右足と顔面を打撲、創傷)
  3. その翌日深夜には盗まれた (まだ事故の見積もりも取れてねえのに)
というわけだ。

普通、あるか?

最近は原付しか無かったとは言え、俺も長い事バイクに乗っており、それなりにトラブルにも遭った。しかしだよ。こんな奇跡的な悪夢のジェットストリームア タックには遭ったことがない。この、本来は単独でもレアなそれぞれのトラブルは独立して発生しているのだ。それが見事に連続だ。神懸かってる。

しかしだ。

ここでよく考えてみよう。

高校1年で自動二輪の免許を取得してからの、俺の免許歴は18年ほどに及ぶ。

バイクの窃盗に遭ったのは2回目だ。

運転中の事故は、クルマのケースや警察に行かずに示談したのも含めると、実に…ええと…少なくとも…8回はあるな…。

転倒は、ちょっと思い出して数えられるような回数じゃない。とりあえず50回としておこう。足りないと思うが。

さて、今回、もっともレアな窃盗は起こった。
だが、18年もの間、何らかのバイクをほぼ常に所持しており、しかもいずれの期間も保管場所は集合住宅の駐輪スペースであり、そして俺はお世辞にも施錠に熱心とは言えない(ワイヤーロックU字ロックは持っていても掛けない事が多い、今回もだ)、原付ではカバーすら掛けない(不便になるから)、という状況に対して、2回の窃盗被害というのは必ずしも大きい確率だろうか?
また、前回の窃盗と今回の窃盗、共通するのは、ホンダのゴリラ、カブといったポピュラーで構造が単純な原付であり、しかも保管場所が俺の過去の住居の中で、居室から離れて死角になる度No.1と2の場所であるという共通点がある。
そういう意味では、ある意味で、今回被害に遭うことは奇異に見えない。もちろん、鍵を追加してないから俺に落ち度があるなどとは思わないが。だからと言って、どう考えても盗まれるはずはない!なんて状況じゃないのは確かだ。

で、転倒は。
これは何の不思議なことはない。
とても久々に山道に行った。正月明けで路面が凍っていた。空いていたし、カブの手軽感もあったし、いつもの通り、面白くなってきて気が緩んだ。下りのヘアピンで寝かせ過ぎた。転けた。
先の50回、つまり年に2、3回ということだが、実際の所、いくらなんでも晴れて路面が乾いた市街地で転けたりはしない。転ぶのは雨の日、山道、路面温度が低い時など。この日に転ぶ確率はつまり、2/365などではなく、もっとずっと高い。

事故は。
18年の間に8回はある、としたら、2、3年に一度はあるペースだ。通勤もあり、毎日クルマかバイクのどちらかは乗るし…それでも多いのかも知れないとちょっと思ってるが。ともかく、自分の実績はそうだ。前回の事故は3年前だ。とすると、今頃に事故があるのは、これも不自然ではない。この確率にはいろいろ要因があるだろう。俺の注意力レベルの問題、生活パターン、いろいろな要素の結果だと思う。だが、結果として言えることはともかく、急に事故に遭い易くなったという事実は無いということだ。

ちなみに、自分で事故多めかなと思ってるのだが、重大事故を起こしていないのが救いだ。歩行者を撥ねたことはないし、誰にも流血させたことはない。俺は結構血みどろになったことがあるが。運がいいのか悪いのかわからないが、単に、バイク対クルマが多いという問題だろう。

つまり、個別の事象については、とりたてて奇特な確率で起こり始めたとは言えない。それぞれの相関関係は薄いから、それぞれがポアソン分布的に起こるとしたら、たまたま同じ時期に集中することはおかしくない。逆にきっちり17日おきにトラブルが発生するとかの方がむしろ恐い。

加えて、この3日間というのが、正月休み明けの3連休であることにも意味はある。

窃盗がクソ厨房の犯罪だとすれば、冬休みの火遊びの勢いが残ってる(管内で正月に同型車がやられている)と言えるし、転倒の原因である山道というのも連休だからこそ行ったのだし、事故についても、相手方も正月気分の最後の日で何か立て込んでて焦りがあったかも知れない。俺自身も、これでお屠蘇気分もおわりだと思ったからいつもより早く買い物に行き、結果、道路が買い物客で溢れる宵の口という、いつもよりはリスクの高い時間に動いたのだ。


そう考えていくと、確かに結果はすごい連続技になっているが、まあ、嫌だけどこのくらいのことはあるか、とも思えなくもない。もっと注意力をあげるようにしなければいけないが…。

それに、こう立て続けに起こるのも、必ずしも悪い事ばかりでもない気がして来た。

いや、起こってしまったことは仕方ないとした上で考えればだが…

そもそも、窃盗は事故と関係ないから、事故に遭わなくても起こっただろう。目を付けられていたなら尚更だ。これが単純に窃盗なら、単純に無くなって終わりだった。
だが、事故がその前だったから、いくらかでも補償されるのだ。もちろん、逆に先に盗まれていれば事故で痛い目に遭わなくて済んだとも言える。死ぬ目に遭うくらいなら先に盗んでもらった方がありがたいけど、結果的には打撲程度で済んでいるしな…。
もう一回やれと言われたら全力で断るが、そう捉えてみれば、何やらこの痛みにも価値を見出すことは出来るのではないか。見出せ。



そして、いまこうして、一瞬奇異に思える出来事から、自分の過去に注意を向けたことにも価値はある。

つまりやはり、2、3年に一度の事故は多過ぎるし、年に2、3度の転倒も多過ぎる。

仮にこんなペースで事故に遭い続けていれば、可愛い愛娘と、娘に付いて来る妻を同乗させて事故を起こしてしまう可能性は、低いとは言えない。俺は自分だけでなくて家族もいろいろなところに連れて行ってやりたいと思うが、事故には遭わせたくない。怪我をしたりさせるのは論外だし、怪我がなくても、事故現場の虚しい気分を娘に味わわせたくない。俺が一人で怪我をして働けなくなるのも困る。

子どもが出来て丸くなった、なんて揶揄されようが、俺は、反省しなければならないのだろう。
もし妻子に何かあれば、貰い事故だとか、過失がない筈だとか、補償がたくさん出るとか、そんなことを言ったって何の慰みにもならない。

神懸かり的な出来事だ、と言ったが俺は神だの運だ霊だの厄だの障りだの、そういうものは一切信じてはいない。文化としてはある部分まで受け入れるが、「超自然」のような意味では一切。

それでももし”神懸かり的”と捉えようとするならば、これは優しい戒めだと理解すべきだろう。活かすことが出来れば、少しの、一時の痛みと引き換えに、将来の災厄を避けることが出来るはずだから。

…出来ればあと少しお手柔らかに願いたいところだったが…。

神懸かり的三連コンボ(β)

実は、この事故—盗難事件は、それだけではない。

なんと、事故の前日には山道で初の転倒も喫しているのだ。

つまり、新車で買ったバイク、ちょうど一ヶ月点検を挟んだわずか3日のうちに、
  1. 転倒し (バイク屋も気づかないほどだったが、左足は打撲しずる剥けた)
  2. 翌日に事故に遭い(被害者。右真横に突っ込まれ、両手と右足と顔面を打撲、創傷)
  3. その翌日深夜には盗まれた (まだ事故の見積もりも取れてねえのに)
というわけだ。

普通、あるか?

最近は原付しか無かったとは言え、俺も長い事バイクに乗っており、それなりにトラブルにも遭った。しかしだよ。こんな奇跡的な悪夢のジェットストリームアタックには遭ったことがない。この、本来は単独でもレアなそれぞれのトラブルは独立して発生しているのだ。それが見事に連続だ。神懸かってる。

思えば、俺の人生はツキがない。いつもそう思っていた。

かつてやっていた競技の、最後の大事な試合の直前には食中毒になった。体重も筋肉も落ちてベストどころか大会出場基準の記録さえ出せなかった。
受験の直前にはインフルエンザに罹った。マスクをして38度以上の熱に茹だりながら受けた試験は当然落ちた。
初めて買った大型バイクは多額の借金を残し2週間で大破した。
ツーリングでフェリーに乗れば台風で接岸できず。別の時には行く先々で大雨が降って(災害史に残るヤツだ)俺自身も体調を崩した。そういや高校の修学旅行も記録的台風だったか。宿の窓が割れたり、建物自体が崩落したりしたなあ。あ、小学校も中学校も雨だった気がする。

まあこんなのはまだ気楽な笑い話に出来るネタで、実際の所は他にも、重過ぎてここに書く気にはなれないあれやこれや。

いつもいつも、これからと言うとき、何か良い事がありそうだと思う時、どこからともかく不幸が忍び寄って来る気がする。

善かれと思った選択はいつも間違いで、運を願って叶うことはない。

もうずっと前からそう思っていて、だからこそ、俺は物事を理詰めで考える。運なんてものはない。何か思い通りにならないなら、それは己の実力不足だと。運なんてない、無いものに頼らない、無いものを恨まない。

だけど、こりゃあいくらなんでもな。

ちょっと、無いんじゃないかなと。

偶然というには、酷いんじゃないの?俺が何をしたって言うのさ?

ま、初日の転倒は不注意だったよ。

でも、二日目の事故はさ。見てたんだよちゃんと。俺は優先側に…標識もそうだし、左でもあるし、直進でもあるし、どう考えても優先側の道路にいて、それでも注意して見て、アクセルも緩めたのさ。そして相手が止まったから進んだ。そしたら真横だよ。俺は悪くないだろ?優先でもなんでも交差点だから徐行しろって、十分注意してれば何だって避けられるって、そこまで求めるのか?そこまでしなかったからってこんな痛い目見ないといけないのか?
おまけに窃盗か。
事故現場に放置とかじゃないんだぜ。ちゃんとウチまで持って帰って、鍵も掛けたんだ。それなのにだよ。壊れた証拠がないから、下手すりゃ物損補償は何も出ないぜ?貰い事故で受け取るべき補償がなくなって、直すべき車両も無くなってって、辻褄合ってると言えば合ってるが、何かおかしくないか?なんで不条理のしわ寄せが全部俺に来る?

絶望したい。どうせこんなことの繰り返しなら、何をやったって最後は裏目に出ておしまいだ。神がいるなら、そいつはよっぽど俺の愕然とする顔が好きなのだろう。特別待遇だというならば有り難き幸せだ。反吐が出る。

バイクだけの話じゃないんだ。人生そのものがそうなんだ。ずっと前からそうで、誰のせいでもない。自分はそう言うものなんだ。

やってられない。

2009年10月15日木曜日

幸運の豚

とかなんとか名前で売っていたものだったと思う。
真鍮のむくで、磨くとこのとおり美しい。磨いておくと福を呼ぶと。特に富を。

買ったのは確か…社会人になりたての頃か…?

少しは自由になる小銭が増え、しかし自由になる時間は減り、一時期、休日に用事がないので賑わった街に行ってみて、雑貨など見たり何か食べたりしてみるという、とても健全な文化が俺の中に珍しく定着しかけていた(が定着しなかった)、そんな頃だったと思う。

どこかの新しい駅ビルかなんかで、いっちょまえにビジネスマン的黒くてうすべったい、しかしオシャレな鞄でも買おうかと物色していた通りすがりにオシャレ雑貨店の店頭にこの豚が置いてあって、まあ、形が気に入ったのと、中学生の頃に技術家庭の授業で真鍮の文鎮を作り、ピカールで熱心に磨くのが意外と面白かった記憶が蘇って磨いてみたくなったため、500円くらいで買ったのだ。

その後、数度の引っ越しやら何やらあっても、他のどうでもいいオブジェとともにずっと目につく場所に置いてある。ふと気づくとすっかり錆びて曇っており、いつも視界に入っているのに稀に思い出したように、実際に突然思い出して、研磨剤で磨く。毎日見ているものの存在をある日突然思い出す、というのは文章にすると不自然だが事実としてはまったく自然だ。

真鍮は曇っているとただの薄汚れた金属だが、ちょっと磨くと本当に金のように光るから、なにか妙な達成感が感じられて面白い。大掃除や洗車の達成感と似ているが、もっとわかり易くお手軽な感じだ。

そんな程度のものであって、そもそも幸運の豚だのラッキーピッグだの言う呪い事には頓着していない。

俺は子供の頃から、血液型占いも星座占いも鼻毛の先ほども信じてはいないし(もっとも、最近はそれは公言しない)、紙に願いを書いて吊るしたら叶うとか、石を袋に入れてもってたら幸せになるとか、紐が切れたら願いが叶うとか、そんな類いのものは足の小指の割れた角っちょほどにも信じてはいない。

しかし一方で、この豚はかれこれ、10年近く俺の住まいに鎮座し、年に数回程度磨かれて来たのだ。これを磨くときに、これを買ったときのことを必然的に思い出すのは事実だ。

10年そこら置いてある小物は他にもいくらでもあるが、この真鍮の豚は、曇りきって埃っぽく煤けた金属が見る間に鏡面のような輝きを取り戻す様が時間を巻き戻すようだから、尚更に記憶の遡行作用が顕著なのだろうか。

とは言え別に、実は別れた彼女と買いに行ったとか、そんな切なく愛しく甘酸っぱい思い出があるわけでもない。

ただ、あの時の俺について思い出せるのは、まず給料が今よりだいぶ安かったということだ。

今はそれよりはだいぶ貰っているし、仕事の内容自体も面白い。家庭を見れば、どちらも可愛い妻もいりゃ子どももいる。そう、何もかもが最高というわけじゃないんだろうが、このご時世にボチボチ、悪くない暮らしをしているなという実感はある。

俺は将来の計画を思い描く習慣がほとんどないから、予想したより良い、とか悪い、とかはない。

ただ、現状を見て、少なくとも悪くはなさそうだ、という感想だ。

そう振り返れば、豚を磨いてピカピカにしながら、これはもしかして幸運の豚のお陰かな…


なんてことはビタイチ思わない。ああ、思わないね。

豚を買った後に、仕事の面だけ見たって、二度の転職は二度とも円満とは言えず、キャリアアップだの何だのカッチョいい話ではなく、状況と感情に流されつつも、まあ、それなりの研鑽を重ねて今に至っているつもりだ。今だってけっして安定しているとは思っちゃいない。ほどほどに必死こいて何とか対処している。

俺には幸運の豚などツイてないし、ずば抜けた才気があるわけでもない。先祖の資産が俺にまわって来るなどということは1円も期待してねえし、今に至るまで有力な人脈の1つもないし作る気も活かす気もない。

己の無知と無能と不心得を自覚し、ただただ日々の精進、それこそが、俺のやり方だ…。




…なんてローンウルフでダンディな自分に酔いつつも、実はまた風邪ひいて今週は勝手ブロンズウィークで、二日だけ会社に行っても「あー、俺は脳がウイルスにやられているからそんな小難しい質問には答えられない」とかばかり言ってるあたり、俺の「常に何も極められないイマイチさ」は筋金入りだぜ、と自嘲し、またそんなところを自嘲する自分に酔う。


なに?短く言えば、ナルシストなんだろうとな?

HAHAHA!んなこたとっくに気づいているさ!

2009年6月18日木曜日

自分が男だと実感する瞬間

三十の手習いで、数年前から空手を習っている。

仕事が忙しく、最近ご無沙汰だったんだが、今日は久々に稽古に出た。

本来、今日の稽古は型重視の師範代の枠なのだが、代理の指導員は、ややガチな傾向をもった方。
しかも今日はなぜか、参加者が二人しかいない。

おかげで随分と濃密な稽古になってしまい、稽古後に随分久しぶりのスパーリングまでしてしまった結果、もう心臓と肺が、震えるぞハート!刻むぞ血液のビート!状態で、脳の血管が切れて死ぬかと思った。

ま、俺の通う道場はビジネスマンが多いので、極真的にはライトな方なのだろうが、それでも何せ、普段は指しか使わない職業ですからねえ。Lは頭を使えば肥らないと言ったが、だからと言って頭を使っても筋肉がつく訳じゃないだろう。

フラフラしながら帰って来て、とにかくシャワーを浴びる。

俺はまあ、サラリーマンとしては長髪な方だから、普段からシャンプーとコンディショナーはフローラルでサスーンクオリティな女性向けを使っている。

でも、こんな日は違う。

とっておきのグリーンのポンプ、トニックシャンプーだ。

頭に突き刺さるメントールの刺激が堪らない。うっかり泡がチンコに垂れると、スースーしてこれも堪らない。

トニックシャンプーで、脂が抜けすぎて髪がきしんで指に絡むのも気にせず、頭をガシガシ洗う瞬間。

ああ、俺って精神的マッチョだな、と思うのだった。

(了)

2009年2月18日水曜日

飛行機に乗って、街灯りを眺めれば

それは一見、静謐で。

細かい光点が寄り添うように凝集して、大きな光の塊となり。

それらを連絡する、網目状に、腕のように延びる幾筋もの脈。そこを規則的に流れる光点。ある方向は白く、逆方向は赤い。まるで動脈と静脈のような対比。

塊と、脈と、そこから溢れた仄白い屑。しかし、それらはまた新たなコロニーの萌芽とも。


ああ、これはまさに。

粘菌のコロニーと同じだ。



…と、昨年末に出張で乗った飛行機から、夕闇の地方都市を見下ろしながらつくづく感心したのだった。それをふと思い出した。


粘菌、あるいは黴か。

漆黒の奥羽山脈あたりは、瑞々しい培地だ。栄養があり、生命を育む余力がある。都市部が近づくにつれ、黴が毒々しい彩りを放ち、分解者たる黴はひたすら培地を蝕む。

今更ながら、人を黴や菌になぞらえることは、ありがちなようで本当に出来すぎた直喩だと、重ね重ね感心した。

みんなが黴やら菌やらに嫌悪感を覚えるのは、節操のない連鎖で増殖するヘテロトロフィックな生物、という括りの同族嫌悪に違いない。


他の動物達は、群れだ社会だと云っても、あのように菌に直喩できるようなコロニーは作らない。やはり、人間は特別だ。

だがこの特別という感慨は、超越者の愉悦ではない、菌が知恵をつけてしまったことへの悲哀だ———





以上。今日のポエム日記おしまい。