2009年6月22日月曜日

図鑑シリーズ 蚊

大変凶悪な害虫、蚊です。なに蚊かは知らない。いや、ヤブカだな。
今日、電池式蚊取りを買ってきたのだが、ふと気付くとコイツがテーブルでヒクついてたのさ。

今更ながら、蚊取りで蚊取れるんだなあ…。吃驚。

図鑑シリーズ ケムシ

何毛虫かは知らない。
だが、だいぶ痒そうなことは確かだ。


一句。
small brown brush rushes
across the road
snuffing sprouts

2009年6月18日木曜日

数年前にWeb進化論という本がありました。

インターネットの素晴らしさを、米国はシリコンバレー在住のコンサルタント?だかの人が、滔々と説明した本だ。

結構、流行ったと思う。平積みされていて、インターネットはYahoo!くらいしか使わない人でも読んだのではないだろうか。そしてGoogleを使うようになったのだろうか。

新聞の書評などでも衝撃的に伝えられ、人類の叡智としてのWeb、Web2.0の水先案内人として崇め奉られたその著者、梅田望夫。
あんまり話題で、当時要件定義をしていた相手のお客さんまでが引用してくるもんだから、自分もWeb進化論を読んで、そこそこ、はあ、すごいなあ。と思ったのだが。

すごいのは梅田ではなく、Googleなのだ。梅田はGoogleのすごさを熱く語っているだけ。
同じクラスだけど話したことないヤンキーの武勇伝を得意げに語る半端な優等生みたいに。

紹介されているGoogleの理屈などには唸らされたものがあったのだが、それを咀嚼した梅田望夫の理屈には何か違和感があった。群集の叡智だとか。考え方はわかるが、梅田望夫の示す事例は、叡智と呼べるものには見えず、「そういう理解でいいのか?」と。


まあ、それ以上、続けて出版された本を読みたいとも思わなかったし、ブログだか何だか読みたいわけでなし、どうでもよかったのだが、今日ふとニュースが目に留まった。


何か揉めてるようだ。

http://slashdot.jp/it/article.pl?sid=09/06/18/0730204


リンク先を一通り見た。

結論から言えば、梅田望夫の論理はやはり破綻している。他人の言葉の援用はもっともらしいが、自分の言葉で語りだすと急に薄っぺらになり、詭弁合弁言い訳いちゃもんだ。Web進化論を読んだときの違和感は、やはりそのとおりだったのだと。

なんて言うか、進化だの未来だの叡智だの語るべき資質がまったく垣間見えない。

なんだかフォロワーが多いようだが、アホじゃないかと思う。

自分が男だと実感する瞬間

三十の手習いで、数年前から空手を習っている。

仕事が忙しく、最近ご無沙汰だったんだが、今日は久々に稽古に出た。

本来、今日の稽古は型重視の師範代の枠なのだが、代理の指導員は、ややガチな傾向をもった方。
しかも今日はなぜか、参加者が二人しかいない。

おかげで随分と濃密な稽古になってしまい、稽古後に随分久しぶりのスパーリングまでしてしまった結果、もう心臓と肺が、震えるぞハート!刻むぞ血液のビート!状態で、脳の血管が切れて死ぬかと思った。

ま、俺の通う道場はビジネスマンが多いので、極真的にはライトな方なのだろうが、それでも何せ、普段は指しか使わない職業ですからねえ。Lは頭を使えば肥らないと言ったが、だからと言って頭を使っても筋肉がつく訳じゃないだろう。

フラフラしながら帰って来て、とにかくシャワーを浴びる。

俺はまあ、サラリーマンとしては長髪な方だから、普段からシャンプーとコンディショナーはフローラルでサスーンクオリティな女性向けを使っている。

でも、こんな日は違う。

とっておきのグリーンのポンプ、トニックシャンプーだ。

頭に突き刺さるメントールの刺激が堪らない。うっかり泡がチンコに垂れると、スースーしてこれも堪らない。

トニックシャンプーで、脂が抜けすぎて髪がきしんで指に絡むのも気にせず、頭をガシガシ洗う瞬間。

ああ、俺って精神的マッチョだな、と思うのだった。

(了)

2009年6月12日金曜日

焼酎貴族。そう、精神的貴族になろう、俺は。

精神的貴族てのは魔少年ビーティーの台詞にあった用語だったと思う。
ちなみに対義語は市民とかではなく、精神的ブタ(確か)。


それはそうと、初めてトライアングルを買った。貴族なわりには600円台とお手頃だった。

もっとも焼酎貴族・トライアングル、なんて宣伝してたのはもう20年くらい記憶の彼方だから、その間に没落したのかも知れない。

いずれにせよ、コラボレーションの相手はホッピーだ。戦後、ビールが変えない庶民の代用品だったホッピー。

貴族の没落か、市民の台頭か。


味わい深いぜ。トライアングルホッピーは。


2009年5月24日日曜日

テスタロッサってそういうことか

世界的なスポーツカーメーカー、フェラーリ(イタリア)は、同社の1957年型「フェラーリ250テスタロッサ」がこのほど行われた国際的なオークション 「RMオークション」で自動車としては史上最高額となる902万ユーロ(約11億8000万円)で落札されたと発表した。


http://mainichi.jp/enta/car/graph/20090519/

テスタロッサとは赤い頭だ。ということは、何かの漫画で読んで知っていたが、フェラーリのクルマなんか頭も何も真っ赤じゃないか。

と思ったら、元祖は頭だけ赤かったのか!


…と、せっかく納得したのに、ついでに調べたら、上記のモデルで途中にエンジンに改良が入った際に、識別のためにエンジンのカムカバーを赤く塗ったことが由来だとかで。ちぇ。


別に特別フェラーリ好きじゃないが、フェラーリはとても格好いいクルマだと思う。クルマとしては実用性の面からどうかとも思うが、なんつうか機械、工芸品、そういうものとして格好いい。そう、芸術。

だから街中で見ると、物質的にカッコいいと思う反面、(金はあるとしても容姿が)普通の女が、パリコレクションで発表されたばかりの服そのものを来て歩いてるのを見るような違和感を感じて、あまりかっこ良くない。それが、ホームセンターとヤマダ電機が立ち並ぶ郊外の通りだったりすると尚。

まあ、それはともかくそれでもフェラーリそのものは芸術的にかっこいいな、日本車をはじめとしたいわゆる乗用車やそこから発展したスポーツカーとは、明らかに一線を画しているな、と思う。

上のニュース記事からのリンクで、最新最強のフェラーリの記事もあった。

599は、歴代フェラーリでも最もパワフルな排気量5999ccの12気筒エンジンを搭載。最大出力620馬力、最高速330キロ以上で歴代フェラーリでも最速のスポーツクーペ。

http://mainichi.jp/enta/car/graph/20061003_2/

なんか、第一印象が、「マツダあたりが作りそうなクルマだな」。

いや、すごいんだろうよ。実物はまた迫力が違うんだろうよ。でも、以前のものは写真ですら圧倒的なものを感じさせていた気がしたのだが…。

フェラーリのデザインが実用的になってしまったのか、俺の感受性が乏しくなったのか。


ま、いずれにしても絶対に縁のないクルマだから深刻に悩む必然性は1ミクロンもないのだが。

2009年5月8日金曜日

納豆ドッグ

一年近く前に食ったんだけどさ。