2010年7月2日金曜日

なんだかんだで

今週も運動不足だ。

昨日は会社帰りに稽古に行くつもりだったのだが、あと10分で出ようかというタイミングで会議に呼ばれ成らず。

それでも、体重の方は徐々に落ちて来ている。運動量の増加よりは食生活への配慮が効いてるのだろうが、ここ数日は久々の58kg台だ。俺の身長は167cmなので、これでもまだ余計な肉は腹の辺りに十分いる。BMIとか目安にしてたら弛んでしまうので、ストイックに己を律して、あと数キロの脂肪を落とし、引き換えに筋肉が欲しいところだ。



送信者 D3000(AF-S DX NIKKOR F1.8G)

しばらく前に撮って、パソコンに取り込み損ねてたものだが、D3000で夜の景色も撮れるんだよなと思い、ただそれが試したくて夜中の公園を激写したもの。

ちょうど0時頃だったかなあ。それでもこんなに明るく…肉眼で見るよりかなり明るく写るのは面白い。

こんど、どっかの森でも行っていろいろ撮ってみたいものだ。…夜中の住宅街で一眼レフもって徘徊してたら職務質問されるだろうしな。

会社は転機を迎えているし、俺のプロジェクトも中盤の山場を迎え、また俺の生活も転機を迎えているような。

仕事は忙しく、やりたいことは多く、しかし妻子も可愛く、時間ばかりが足りない。お金もまあそう潤沢じゃないが何より時間が。

しかし、そんなもんだろう。そういや年齢的に人生も折り返しだしな。

死に際に、あれもこれも出来なかったと後悔して死ぬのが嫌だ、と、30年ほど前の俺は強く思った。出来る事をすべてやり尽くしてもう生きていても仕方ないと思えたら死ぬのが怖くないだろうからと。

その思いは今も消えていない。いい大人が突然言う事じゃないが、俺はいつだって死ぬのが怖くて仕方ない。うまくすれば数十年後ではあっても、その日が必ず来ることが恐ろしくてやるせなくて脅えている。

だが一方で、自分にもう、これまで以上にやれることがないと感じる日が来ることも、恐ろしい。心底からそう思ってしまったら、その時自分は、死んだも同然ではないかと。愕然として、しかし物理的な死は相変わらず怖くて、だらだらと惰性で脅えながら悔やみながら生きるのだろうと思うと、息が詰まりそうになる。

ほとほと中学二年生的な感性だと自分でも呆れるが、俺が「エンジニア35歳限界説」を突破できるとするならば、そのあたりに鍵があるのだろうとも思っており、結局のところ、今のところ、人生は多くの不満に彩られつつも愉しい。

さて、今年もあと半分。あれこれ気合いを入れていかねば。



2 件のコメント:

  1. ほー、真夜中には見えんな。一眼レフはやはり質感というか奥行き感というか、普通に撮っても芸術的な写真になるな。

    ところで・・・何を達観した物言いをしてるのだ?

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  2. お前が写真が少ねえなどというから寝る前に無理くり1枚アップしたんだろうが。
    忙しい平日の深夜に真夜中の公園の写真を吟味しつつ軽く酔っぱらいつつ何か気の利いたことでも書こうとすりゃ、たいていは人生でも騙ってみせることになるもんだ。まして俺は名言臭いことを言って悦に入るのがほとんど趣味だ。長い付き合いなんだからそのくらいは知ってるだろ?

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