2013年1月3日木曜日

凧揚げ —25年目の雪辱

毎年冬になると、子供達は凧を揚げていた。ゲイラカイトとも呼ばれる三角翼の凧が普及した頃で、凧揚げに難しい技術は不要になっていた。

とは言え、それは大人の言い様。やはり子供には難しく、実際、高く揚げる事が出来る者は珍しいとまで言わずとも少数派だったし、その少年もまた、多数派の…つまり走っている間しか凧を浮かせられない一人であった。

だが、ある年の正月が終わる頃。夕暮れの公園で独り、しつこく凧を揚げていた少年は、ふと何かの弾みに「掴んだ」。

コツを掴んだのだが、そのコツとはつまり、「風を掴む」という感覚の会得であった。

その日は、結局、安定して高く揚げるには至らなかったが、次回はきっと出来ると、少年はそう確信した。

ところが、どうした慣習か、翌日に冬休みが明けると、誰も凧揚げはしなくなるのが例年のことで、その年もその通りだった。そして翌年以降は、何故かさっぱりと凧揚げをする者がいなくなった。近所の駄菓子屋が売らなかったのか。あるいは、いたのかも知れない。少年が習い事が忙しくなったり、友人が変わり、凧揚げなどする機会を失っただけだったのかも知れない。

いずれにせよ、少年はそれ以降、凧に触れる事すらなかった。ただ時折思い出すと、俺は確か、揚げられるようになった筈だったのだと思っているが、あれは実際のところどうだったんだろう?などと、風化した曖昧な記憶を辿り、夕闇迫る公園を舞う凧の姿を浮かべるのであった。
掴んだはずの手応えは、ただ霞の中の幻のように、しかし熾のように燻っていた。

前置きが長くなったが、二十年以上振りに凧揚げをした。

子供と行きはしたが、完全にだしに使った。俺が、どうしても揚げたかった。かつて掴んだ何かを確かめたかったのだ。かくして、いつも季節もののレクリエーションアイテムが充実してると目を付けていたホームセンターで年末にカイトを入手してあったものを今日遂にテイクオフさせた。

広い芝生のある公園に妻子と出掛け、風を読んでリリース。走ったりはしない。掲げられて風をはらんだ凧は、手を放せば自ずと舞い上がる。凧の姿勢を維持するには糸のテンションが必要だが、凧が引く分にはするすると糸を出して行く。
風の具合でテンションが抜けそうになったら、糸をぐっと手繰ってやれば凧は安定を取り戻し上昇する。糸が短かくなっても、角度が付けば高度は上がるし、高度を上げれば風は増す。
糸を手繰る手は手袋をしないと指を切るくらいの引きだ。
そうこうしているうちに、遂に糸を出し切るまで揚げることに成功した。

高度が増すと、風が強くなる上に糸が風の抵抗を受けて撓み、常時一定のテンションが加わるので操作に遊びが出来て楽になる。とは言え油断は禁物で、写真を撮ろうとジーンズのポケットからiPhoneを引っ張り出そうと苦労してたら墜落したりした。

正直、和凧より揚げやすいカイト、それも俺が子供の頃より微妙に素材や設計が改善されてるようで、さらに揚げ易くなっているよう感じた。

とは言え、公園に来て凧を揚げている他の親子達は走り回って苦労している様子が多かったので、やはり俺は…あの時に何か掴んだんだと嬉しくなった。

ちなみに凧はこれ。

昔ながらの目玉模様も売ってたが、迷わずこっちをチョイスした。百円高かったが。

寒さが苦手で出渋っていた妻も娘もスゴイスゴイとハイテンションで、実に楽しい冬休みの一日でした。



最後に、言わなくていい事を敢えて言うならば、キュアサニー(オレンジの子)がイイと思います。

…うわあ。なんか、ちょっといい話書いたのに台無しにした気がする。

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