とても自己否定感が強いように感じる。とか書くとアレなのだろうけど、このブログは便所の壁でチラシの裏なので思いついたことを書いておく。
http://prehyou2015.hatenablog.com/entry/pink
偶然、こんな記事を見た。
この記事がとりわけどうというより、ここで引用されている記事の対談に出てくるフェミニストな女性視点の女性もそうだし、それ以外で過去にどこかの記事やテレビの討論番組で見たのもそうだし、そういった女性というのが、えらく自己卑下しているようにいつも感じるんだよな、というのを思い出したという話だ。
それもちょっと歪んだ形で、女性としての自分を卑下して、その自分を一般化された女性そのものと同一視して、つまり自分こそはもっとも典型的な女性の一人であると前提して、その上で、自分が否定されているのだから女性が否定されているという三段論法により、女性に対する否定的なものの見方というのを語っているように見える。
飛躍もあるがそれ以上に歪んでるなと思うのは、誰よりも女性を否定しているのが他ならぬ自分自身であり、そしてそれは本人の多分に(悪い意味で)男性的な思考に起因していると見えることだ。
ものの考え方に女性的、男性的な考え方というのはジェンダーによらずともあろうし、ジェンダーによってもあろう。また、それが実際の肉体的な性とズレてしまうことも稀にあろう。ただ、どうあれ差があって類型があるのは間違いないことだろう。肉体にこれだけの差異を抱えて、脳にだけは何も差がないというのはむしろ無理があるから、専門的なことは考えなくてもそう結論するのが合理的だと俺は思う。
で、先に言ったようなザ・女性の方々の語り口というのが、知ってか知らずか非常に男性的だと思うのだ。語尾とかではない。マッチョなところがだ。そして、男性のステレオタイプな下劣さをなぜかいつも振りまいている・・・要は、本当の男性の考え方というよりは、女に対して露悪的に振る舞う男であるとか、一部の女が一部の男を見て勝手に作り上げたジェンダー的な卑しい男の感性というか、そういうものを醸し出している。
つまるところ、Anytime Anywhereであらゆる意味での暴力により女をあらゆる意味で犯すことしか頭にない男というのが基本的な彼女らの男性観であり、それを勝手に理解して悟って、そして結局怒って、結果として自身がその”男”のようになっている。あるいは、逆なのかも知れない。自身にあるそういう汚い感性を「男性的なものであって、自分は男性社会と戦うためにその男性的汚ささえも呑み込める、なぜならそれが男性特有であるというのは思い込みなのだから、女性の自分にだって持ち得る汚さであり、強さなのだ」ということかも知れない。そう言葉で主張しているのを見たことがある気はしないが、総じての印象としてそう感じる。
いずれにしても、そのイメージは実は「男性」ではなくて「オス」のそれに過ぎない。男性とオスは違う。同じというなら女性もメスで良いことになり、話はそれで終わり(本当に。なぜなら動物は話などしない。)なのだが、やはり男とオスは違う。人間は動物であるけども、それは人間が他の動物とまったく同じという意味ではない。男はオスではあるが、オスが男なわけではない。
しかも、オスのそのイメージさえ、ただのステレオタイプに過ぎない。
女性のために女性を語るその口は、結局のところ思い込みと混同と転嫁と、元をただせば逃避と、そういったものを綯交ぜにした男のものでも女のものでもない、なにか不思議な化け物のそれではないか。
とは言え、なんとも言えない自縄自縛というか自作自演というか独り相撲というか・・・そう言ってしまうと狭量だと非難されるから放置されるのか、社会に「ちょうどいい」人ばかりがいるわけでもないから、実際に確かに存在はする男性社会に対するカウンターウェイトとして取りあえず置いてあるのか。それが社会だというならそうなのか、と思うしかないが、何とも無様なものだなとは思わずにいられない。
もっとも結局のところ、器の小さい人間は男女を問わずにいると思うが、それが偶然にも女性であった場合、非常に具合のいい玩具になるのが「フェミニズム」、「女性視点」、「ジェンダー」そういったものになるということなのだろう。たぶん男の場合は愛国かなんちゃってオネェとかになるパターンの対照として。
もっとも、そういった問題は議論するべきものではあるし、まっとうに議論している人も多いのだろうが・・・そういう人からすれば、ああいうのは獅子身中の虫という奴なのではないかなという気がする。
まあ、若いころはそういうのもえらく腹が立ったものだが、年をとったからか、別にどこかで誰かが勝手に目を三角にしていることはもうどうでもいい。
ただひとつ気に入らないのは、くだらない話のネタにプリキュアを引っ張って来て、「ロリを犯す」とか「レイプする」とか、そういう言い方を堂々と散りばめると「わかってる」感があるでしょう?というバカなインテリ中学生みたいな自己満足が気持ち悪いということだけだ。
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