2009年9月13日日曜日

八ッ場ダムの建設中止

与党、民主党は中止を打ち出していると。

テレビを見てたら、現地住人のインタビューをやってて、

「元々は反対だったのを無理に賛成にさせられた。今更、中止にされても困る」

ダム建設に反対している限りは、土砂崩れに弱い国道の整備もされなかったとか。

賛成と反対のせめぎ合いの中で区長が過労死したとか。

もう、住人の8割は代替地に転居してしまったとか。


スタジオのコメンテーターも神妙な顔をしていたが・・・・。


そんな話をいくら聞いたって、ダム建設中止という方針を変える必要はないだろうと思う。

ダムを作るべきでないのは、使い道がないのにも関わらず大量の維持費がかかり尚かつ、これが最大の問題で、環境を破壊するからだ。外来生物云々なんて話はこれに比べりゃ屁だ。

ダムの建設是非は、地元の人間が反対するからとかしないからとか、そんな理由で決めるべきではない。問題はそんなところにあるんじゃない。水没する村が哀れだから反対するのではない。そんな、たかだか人の気持ち程度の問題で、好き勝手に環境を作り替えるべきではないと、それが反対の大きな理由なのだ。

たかだか、と言えば、当事者にとっては人生の一大事なのだと反論する人もあろうが、そんなのはたいしたことじゃない。
ダムは、人一人の人生よりもずっと長い間残るし、人一人の人生よりもずっと遥かに比べ物にならないくらい大きな影響を、人ではなく、その地域はおろか、それより下流の地域、果ては海にまで、大きな影響を与える。

人の命や人生は何よりも重い、などというのは、傲慢な幻想だ。


ダムは中止すればいい。村はもう元には戻らないだろうから、補償はしてやればいい。道路は、それが必要な道路なのであれば、引き続き整備すればいい。それだけじゃないか。

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