2010年9月19日日曜日

つまらん。つまらな過ぎる。

俺の脳内ではこのタイトルは「風が語りかけます。うまい!うま過ぎる。」にかけているのだが、そんなことはきっと誰にもわからないだろう。こうして説明してもまだ一部の人々にしかわからないだろうし。

夏は何も遊んでない。

秋だ。秋のほうが好きだ。食い物もうまくなり、爽やかな気候で、魚も釣れるようになってくる。

でも、今は事情がありクルマに乗れないから釣りには行けない。電車で行く根性が俺にはない。

さて、クルマがどうの以前に仕事が忙しい。忙し過ぎる。

だから釣りどころか、せっかく買ったデジイチでの写真撮影もままならない。だってこれ書いている今も、休日出勤の帰り際。

それでもヤケクソで、会社の近くで景色でも撮ってやれと。そう思ってふと、例えば18mmというレンズは角度にして何度の範囲が撮れるのだろうかと気になった。

これがわかれば、地図をみて、この地点からこっちを撮ったら、ここからここまで写るんだなー、ふーん、とかってわかるわけ。Google地図なんかと組み合わせると結構、楽しそうだなあと。・・・いや、そういうアプリを作るとかって話じゃないよ。そんなの面倒だから画面に分度器当てるよ俺は。分度器なら紙の地図帳でも使えるしな。

でも、角度の計算は、数学が苦手な俺には難しいのでコンピュータ(別名、計算機)の力を借りようと。ちょうど開発環境が開いていたので、Excelより手っ取り早いだろうと、Javaで計算プログラムを作った。
public class Perspective {
public static void main(String[] a){
int[] f = {0, 18, 35, 50, 135, 200};
for(int i : f)
printDegleeOfPerspective(i);
}

public static void printDegleeOfPerspective(int f){
double halfwidth = 23.4 / 2;
double focus = f;

double r = Math.sqrt(Math.pow(focus,2) + Math.pow(halfwidth, 2));
double degree = Math.asin(halfwidth * Math.sin(Math.PI / 2) / r);

System.out.println(String.format("[%4smm] D=%s",f , Math.round(2.0 * 180.0 * degree / Math.PI)));
}
}



実行結果。

[ 0mm] D=180
[ 18mm] D=66
[ 35mm] D=37
[ 50mm] D=26
[ 135mm] D=10
[ 200mm] D=7


たぶん合ってると思う。

D=というのが「度」。

つまり、18mmなら66度の角で挟んだ範囲が横方向で収まると。

計算式は、18mmというのが撮影面までの焦点距離だというならば・・・と、中学生の数学の問題のように三角を書いて考えた。
思惑通りに計算できて、ちょっと満足してから、もう一回ネットを検索したら、もっと簡単な計算式が出ていた(tangentを使ってた)。

・・・そう言えば昔、数学の時間に、いろいろ覚えるのが嫌(苦手)で、なるべくタンジェントを使わないで計算していたのを思い出した。相変わらず、というか、それ以降に数学スキルは伸ばしてないから当たり前か。

だから俺って数学ダメなんだなあ・・・と、かえってガッカリした。

けど、公式をあまり知らないで答えが出るならそれもアリではないか?とまた気を持ち直したりして、まあ意外と面白いよねうん。

帰ろ。


2010年9月11日土曜日

原色卑近生物図鑑 アゲハの幼虫

カラスアゲハかなんかか?
数日前に撮ったのを忘れてた。

2010年9月5日日曜日

浦和東湿原 晩夏の夕暮れ

この週末は、ラムサール条約の保護区域への指定が検討されている浦和東湿原で、先日購入したSIGMA 18-200mm F3.5-6.3 DC OS/HSMの再びの試し撮りです。



送信者 D3000

印旛沼の怪物を思わせるシルエット。実際には空の彼方に少しだけ発生していた積乱雲を、200mmで切り取ったものです。


浦和東湿原には、様々な水辺の生き物たちが暮らしています。

送信者 D3000

シオカラトンボは群れをなし、沼から突き出た枯れ枝に時節羽を休めます。
手持ちの200mmで1/20秒で手ぶれが出るのは、OSの性能不足とは言えないでしょうね。




送信者 D3000

首都圏の水辺にいる大きな亀は、たいていはミドリガメ/ゼニガメ、正しくはミシシッピーアカミミガメという外来種です。しかしここ浦和東湿原には、在来種のクサガメが暮らしています。もっとも、クサガメも近代になってから持ち込まれた人為的移入種という見方もあるようです。外来種と在来種の問題は簡単ではありません。
ただ、亀は生まれた場所で生きられるように生きているだけ、ということは確かでしょう。



送信者 D3000


こちらはチュウサギとコサギの混成の群れでしょうか。撮影した時にはダイサギかと思っていましたが、ダイサギは冬鳥なので、この時期にいるのは違うのだろうと。
200mmは随分と望遠ですが、このような場所で警戒心の強い野鳥に近づくのはなかなか難しいです。最後はやはり時間とテクニックなしには良い写真は撮れないようですね。



送信者 D3000

飛び立ったサギを撮りましたが、これは予想通り難しい。シャッタースピードを上げるためにアンダーにしましたが、暗くてちゃんと写らないのでは元も子もない…。



送信者 D3000

キタテハ、でしょうか。

送信者 D3000



浦和東湿原を縫うように流れる芝川が夕暮れの残照を受けて輝いています。

送信者 D3000


鳥達も巣へと帰ります。

送信者 D3000


夏の終り。

今年は猛暑が続いていますが、それでも徐々に、大気はその熱っぽさを失いつつあるようです。



今年の秋、皆さんも浦和東湿原でひととき、豊かな水辺の自然に触れ、リフレッシュしてはみませんか。

-------------


あー、あー。

ということで。

また試し撮り。土日とも夕方に30分ほどだけ。同じ場所でも続けて行くと結構違う写真が撮れるものだ。二日で97枚撮ったのだが、PCに取り込んで失敗写真を消したら生き残ったのは半分以下で、そこからさらに選り抜きの写真をPicasaにアップした。で、さらにそこから選んだものをここに貼った。でも、こんな程度。…自分の腕前のショボさを感じる。

それでも、ありきたりとはいえ、空の写真というのはなかなかおもしろく、また野鳥をうまく捉えるのは思う以上に難しく、まあ、なんだかんだおもしろい。

先週も今週も、カワセミを目撃してるのだがこれを奇麗に撮るのはだいぶ難しそうだ。撮れたらうれしいのだが。



ちなみに、浦和東湿原は架空です。実際の撮影ロケーションはただの近所の調整池周辺。本当にバカンスに出かけたりしないように。

2010年9月3日金曜日

鴻巣の空は高かった

暑い、のは暑いのだが。どこか秋の訪れを思わせる。

なんでこんなとこにいるかは内緒だ。

2010年9月1日水曜日

うなぎは浦和の名産でした

かつては浦和は文字通りの浦で、うなぎの名産地だったとか。
いまはもちろんウナギはいないけど、蒲焼は発祥地を名乗っているくらいで、付近には多くのうなぎ屋がある。

しかしそんなことはこの写真に対する説明にはならない。


送信者 D3000

ウナギだ。

先日の、シグマ18-200mm試し撮りの際の一枚。


うちは浦和のちょっと端だが、その近所の公園の池にいた。

普通に人工の縁石が置かれ、蓮が栽培され、周囲は芝生な池だ。実はカワセミが訪れたりするが、あくまでも住宅地の中にある緑地公園である。

にも関わらず、なぜに?

しかもサイズだけ見れば中々の上物なのだ。傷んだ錆色の体は痛々しく美味そうじゃないが。

実はウナギが住んでるのか?と思ったが、肉食のウナギがこんなに育てるほどの食料はこの池にはないだろう。それに、ウナギは少なくとも幼魚のうちは汽水か海水のようだから、こんな埼玉の池で繁殖できるわけはない。浦だった頃ならともかく。

ま、荒川だか江戸川でも結構ウナギ釣りが流行ってるらしいから、誰かが戯れに放したのではないかな。

でもこんな池じゃ餌もないしどうせ生きていけないから、食ってしまえばよかったのに。

こんなボロくなってしまう前に泥抜いて焼けば美味かったんじゃないかなあ。。。もったいない。

2010年8月29日日曜日

D3000にニューレンズを買ってしまった

初夏に喜び勇んでデジタル一眼レフを買ったものの、この夏はやけにいろいろ忙しくてろくに撮影も出来ず、まだ秋も忙しそうではあるものの、物欲に負けて買ってしまった交換レンズ。

D3000を買った時に、あえてお得なWズームセット(18-55 + 55-200)を買わずに35mm単焦点標準レンズを買ったチョイスはナイスだったと思う。

開放絞り1.8というのは、とりあえずともかく一眼レフっぽい写真が撮れるし。…って、そんなことで満足していてもよろしくないのだろうが、まあ良いんだよ俺はカメラ道の求道者ではないから。

で、次のレンズはだいたい目星を付けていたのだが、結局、シグマの18-200mm F3.5-6.3 DC OS HSM にした。

18-200mmというレンジはちょうどWズームキットのレンジを1本でカバーする。しかもこのレンズは、実売価格がかなりお買い得なのにも関わらず、光学手ぶれ補正と超音波モーター内蔵AFが付いている。画質もなかなか評判がいい。

利便性重視の高倍率ズームは、どちらかと言うと純正よりサードパーティの畑という気がしている。で、ずっとタムロンの18-270mmとかと迷っていてが、まあ、200mmといえば35mm換算で350mmほどでしょう?手で持って撮影するには十分かなと。

逆にそれ以上なら、Nikkorの70-300mmとかを追加するのがいいような…と、まあ、レンズばっかりあっても仕方ないから当分買わないけど、そういうことでこれを買った。

相変わらずアレなんだが、昼間に1時間ほど作って近所の公園などで試し撮りをした。

クソ暑いけど薄曇りな近所の公園付近を30分ほどうろついた中で被写体を探すのは大変だったと言い訳をしておきつつ、気に入ったのはこれかなあ。




空蝉。
桜の樹のちょっと上の葉についてたのを見上げて撮った。

送信者 D3000

200mmの望遠端の手持ちでこれならば、OS(オプティカルスタビライザー)の効果ありというところだろうか。逆光で被写体は結構暗く、開放絞りになっていたので後ろのボケもそれっぽくていいのではと。


続いて、これは…女郎蜘蛛かな。

送信者 D3000

網が奇麗だ。クリックして原寸で見てくれ。


送信者 D3000

こっちは2匹。


他にもカナブンとか油蝉とか撮ったのだが、どうもすべてテレ端マクロ撮影ばかりになってしまったので、無理矢理にワイド端で一枚。


送信者 D3000

公園の脇の林地。

日本の植物相の複雑さは温帯としては異例だとかいう話もどこかで聞いた覚えがあるが、なんとなくそうなのかもなと思う。住宅地の公園の横でもこんなだからな。

18mmの広々感はやはり35mmで下がるのでは出ない。うん。


18mmから200mmというのは、実に守備範囲が広くて、レンズの付け替えが面倒になってしまいそうだというのが不安?だが、それは欠点ではないな。



しかしとりあえず、カメラバッグが必要だな。


最後に、SIGMA 18-200mm F3.5-6.3 DC OS HSMについてもう少し。

箱から出した時は、噂通りにでかいな!と思ったが、通勤用の小型ショルダー(A4は入らないやつ)にも入るのだから小さいという言い方も出来る。

オートフォーカスは十分早い。ま、純正35mm以外に比較対象がないのだが、のろいと感じることはなかったし、まず一発で決まる。

ただ、今回、テレ端のマクロ目一杯、しかも開放での撮影が多かったので、何度かはフォーカスが決まらないでシャッターが押せない状態になった。
が、これは仕方ないと思う。フォーカスエリアを絞る設定にしたりすればいいのかも。

もっとも、そういう場合はおとなしくMFでやってしまう方が早いと思ったが、MF/AFはスイッチで切り替えないといけないのが面倒だ。Nikkor 35mmみたいにAF時はMF兼用なら楽なのに。

上記のものはほとんどが200mmで撮影しており、しかもシャッター速度は1/100程度。ジョロウグモが1匹と巣が写っているものなど、1/60秒だ。35mm換算で300mmの焦点距離において、手持ちで1/60秒で撮影してあれだけ鮮明に写る。
手ぶれ補正機能というものの威力を、明確に感じ、驚いた。

撮影している中で、一度、”川の宝石”カワセミを見つけた。…が、公園の池の対岸で、その位置からではさすがに小さ過ぎた。それでも識別できる程度には写ったのだが。
歩いて近づこうしたが逃げられてしまい、しかし、野鳥というのも撮るのが難しいだけに面白い。

樹上にいた各種の蝉やカマキリなどの昆虫も、それなりの大きさで撮影できた。こういう生き物が撮れるのは面白い。

あとは、いい景色とか撮りたいなあ。広角側で。







2010年8月28日土曜日

夏の贈り物

ガタン、とひとつ息をつくような揺れにふと顔を上げると、列車が目的地に到着したことをスクリーンが告げていた。

首都圏の通勤路線を走るこの列車は数年前に導入された最新型で、各車両に10個ほどあるドアそれぞれの上部に2つずつの高精細液晶スクリーンを備えていた。片方のスクリーンには到着する駅の名前やその先の駅までの予定時間などが適切なタイミングでアニメーション表示されており、もう一方のスクリーンは広告の動画を延々と映し出している。

自分が子供の頃の電車の車内には、デジタルな制御を感じさせるものは何一つ存在していなかったと思う。そもそも、少なくとも自分の周囲では、デジタルという言葉は液晶で時間を表示する腕時計の代名詞でしかなかった。電車の中にデジタルな存在を感じた最初の記憶は、小学校も終わる頃の夏休みに帰省で乗った"100系"の新幹線にデジタル表示の速度計があったぐらいだが、それとて「電光掲示板」と言った方が適切であろう、当時は興奮して眺めていたが今となっては原始的なものだった。

こういった電子機器の発展というものは、日進月歩などという月並みな表現では収まりきらないほどの勢いで進歩している。それでも、未だに列車は停止する時には大きく揺れて乗客を揺さぶるのだという事実に、質量と慣性を機械的に制御するという物理的な問題が、液晶パネルに情報を表示するという一見して高度で新しく見える技術以上に難しいものなのかも知れないと思う。

いや、しかしそれは、単に表面的な錯覚なのだろう。列車の揺れは、車両自体の機械的・電気的な制御技術の発展に加え、線路の構造自体の改良も加え、昔よりも速度を増しているにも関わらず格段に抑えられているはずだ。それはただ、結果としては程度の問題として体感されるため、漫然と乗ってその成果だけを無自覚に受け取る乗客にはわかりにくいというだけだろう。

同じように、簡単に目覚しく発展し、どんなことでも出来るかのように思える情報処理の世界も、ひとたびその技術でサービスを提供する側に身をおけば、これが迂遠な努力で少しずつ問題を解決する地味な作業の積み重ねであるということに気づくのだろう。

ふと、そんな思考が過ったのは一瞬のことだ。手元に開いていた「Webを支える技術 -HTTP、URI、HTML、そしてREST」を閉じて、席を立った。

エアコンプレッサの軽い音とともにドアが開き、昼前のホームへ降りる。

異なる温度と密度に支配された空間へと踏み出す。この不連続な変化は、ある意味でデジタルだ。

巨大な蓄熱器と化した高層ビル群に囲まれた都心の空気は、熱く、乾いている。熱いというのは文字通りで、これはひょっとして体温よりも高いのではないかと錯覚する。いや、錯覚ではない可能性が大きい。
しかし乾いているというのは比喩で、実際にはからりと気持ちいいようなものでもなく、しかし田舎の夏のような、樹々や青草や土を感じさせる密度もまたないという程度の意味だ。

蝉時雨ならぬいつも通りの騒音、つまり主に車両の走行音とビル風の音、場違いで空々しい長閑さを振りまく信号機のメロディなどの中、立体的な駅の改札を抜けて地上へと階段を下りると、アスファルトとコンクリートの照り返しがまぶしく、目を細めながら暑さに融けそうな体を引きずるように歩けば、無駄に外壁を鏡面仕上げにしているビルの前で太陽光線が倍量になり、きっと熱力学の計算どおりなのであろう輻射熱によって、きっと赤道直下でもそうは味わえないであろう暑さを体感できる。


暑い。


そう、今年の夏はとりわけ暑い。地球上の大気に二酸化炭素が増えたせい、ではないと思う。そういう問題以前に、端的に暑い日が続いている。早い話がこの夏はよく晴れているのだ。首都圏で空気を温めているのは大気中の二酸化炭素よりも地上の構造物だろう。

しかし、理由がどうであろうとなかろうと、暑いという事実は変わらない。理由がわかっても、それで納得して暑さに耐えられるようになるわけではないので、この場合は暑い理由が地球規模の大気環境の変化にあるか、局地的な地上の構造的な環境変化にあるか、それらの相互関係はどうなのか、考えるだけ無駄だ。だから考えるのはやめよう。

とにかくこの暑さで、最近は食欲まで落ちている。熱いものは食べたくないし、しかし冷たいものを食べて、汗をかいてオフィスに戻り、湿った衣服を冷房で冷やされるとこれはもう確実といっても差し支えない確率で腹に不調を来たし、その一方でオフィスの空調は大雑把で、"エコ"運転において南側窓際の自分の席は30度近く、そんな中で生活していれば日々確実に体力が削られていくのは必然であった。

しかしこんな時こそ何か栄養を摂らねばならない。ふと、駅前の串焼き屋が、ランチ営業でうなぎの蒲焼きを出していたことを思い出した。

うなぎか。

うな丼ならば食べてもいいか。夏のスタミナ源としてのウナギの位置づけはやや民間信仰じみているけども、ビタミンAがとりわけ豊富なのは確かだから、1日中液晶モニターで細かい文字を追って目を酷使している自分のようなエンジニアにはうってつけだろう。

今日の昼には、うなぎでも食べるのも悪くない。そう思いながらオフィスへの10分ほどの道のりを歩く。出社時間が11時であるため、既に朝とは言えない高さまで十分に昇り切った太陽が、ありがたくもないやる気を全開にして地上を焦がすことに専心している。

ようやく、オフィスに辿り着いた。数十人の人間と100台以上のパソコンとエアコンの、熱を巡るハルマゲドンの中で、自分は知恵熱でも出なければいいが(知恵熱は誤用するのがポイントだ)。





暑い。

夜中にタイマー設定したエアコンはとっくに切れていた。連日の熱帯夜、今日も朝から室温は30度を超えている。
すっきりと目覚めたわけではないが、これ以上布団に転がっていても暑苦しいだけなので、渋々と寝床を抜け出し、洗面所へ向かう。

蛇口を捻って、温い水で口をゆすぎ、顔を洗う。最近は水もすっかり温く、加温しないでもシャワーを浴びることが出来るくらいだ。

結局、昨日の昼にうな丼を食べることは出来なかった。オフィスに到着してしまえば仕事はいくらやってもやりきれないだけの量が、どこの食べ放題や飲み放題、乗り放題よりも気前良くやり放題できるように用意されており、その実このやり放題の権利は限界まで行使することが義務づけられている不思議な権利であるため、昼食の時間も惜しく、また、炎天下の昼下がりに駅前まで歩いていく元気も残っているはずもなく、オフィスビルの1階にあるコンビニのパンと牛乳で食事を済ませたのだった。

そのまま夜まで働き、自宅に着いたのは日付が変わる頃。寝る前にたくさん食べると眠れなくなるので、夜は食パンとチーズ、それにビール。

うなぎとは何の縁もない味気ない食生活だ。しかしやはり、もはや日常的に脳髄が茹だっており、食べるということさえ億劫なのだ。いざ、うなぎを食す。という気力もない。


朝食も、多くの場合はトーストを1枚とコーヒー程度だ。

だが、今日は違った。

茶碗に白米。それに、冗談のように行儀よく、大粒の梅干しが乗せてある。




そう言えば先日、今は紀伊にいる旧い友人から、南高梅が送られてきたのだった。

南部(みなべ)高校、あるいは南部の高田梅にその名をいただき、今や知らぬ人のない梅干しのトップブランドとなった南高梅。

大きく柔らかい果実もさることながら、その加工も絶妙だ。いただいたものは蜂蜜を使ったタイプのものでありながらけっして甘すぎず、そのままでも美味しいしご飯にも合う。

大きな粒を一口で頬張ると、軽やかな酸味と甘み、梅の香りが広がり、つつっと箸が進み飯をたいらげた。梅干しとともに食べると、飯は甘く感じる。

梅干しが疲労回復によいとされるのは、ひとつにはその食欲増進の作用にもある。梅干し自体ではなく、食欲の増進によって結果的に梅干しが持つ以上の栄養を摂れるということだ。とは言え、クエン酸を始めとした疲労回復に役立つ栄養素が梅干しには豊富に備わっているのもまた事実。甘い良薬だ。

軽く冷えた麦茶を飲み干して、今日も暑い1日が始まる。今日の昼は、うな丼を食べにも行ける気がした。



--------

梅干しを送ってくれた友人が、それをネタにブログに書けとわざわざメールで指示をしてきてくれやがったので、「もらった梅干しを食べたら美味かった」という話を目一杯引き延ばして書いてみた。もうちょっとネタがあったんだけど、さすがに面倒くさくなったのでこのくらいで。

…さて、梅干しを肴に酒でも飲むか。