2009年7月29日水曜日

すげえ久しぶりに映画見た。ヱヴァンゲリヲン新劇場版:破

何年ぶりだろうか。

三十路超えたオッサンが数年ぶりに映画館に足運んでエヴァか?と、突っ込む自分もいないではないが、やはり俺の中に脈打つOTKの血が、滅多に劇場に向かうことのない俺の足を叱咤し搦めて招くので、仕事帰りにレイトショーで見てきました。

本当に、映画館は久しぶり。何年ぶりかわからないが、たぶん、エヴァの旧劇場版以来。(←オイ!?)

とは言え、テレビ版がちょうど俺が学生の頃だったしねえ。メカもキャラも設定も好きだったが、結末だけは微妙にいただけないと、テレビでも映画でも思っていたし。こんどはまたひと味違うと言われれば、気にならないわけはないし仕方ない。


公開から日が経っているから容赦なくネタバレする。


見た結果。

ひと味とか微妙とかじゃなく、旧作とはまったく別の作品になっていた。あらすじ自体が。何か、「序」が、東京(正確には田端)から品川までホームを共有して並走する山手線と京浜東北線に喩えられているようだが、まさにそんな。ここまで変わるかとびっくりした。

変わった結果、なにせ、シンジは男らしくなった。ともかくジメジメしていた、応援する気になれない主役の代表みたいだった貴奴が、すっかり男に。

だって、死にゆこうとして絶望している少女に命懸けで手を伸ばして「来い!!」なんて、まるでヒーローじゃないか。

総じて、クサくなった。だが、それでいいと思う。

相変わらず不器用な登場人物達だが、ゲンドウやリツコまで含め、総じて過去の作品よりも、変な卑小さが抜けて素直になっている(あくまでもそれぞれの”当社比”でだが)。それが、以前あった変な陰惨さを拭い、能天気とは違う明るさをもたらしていると思う。そして、それはやはりロボットアニメにはあるべきものだ。


いくつか、気になった点。

テレビでは、JAの暴走を止める時にミサトがリツコに

「奇跡を待つより捨て身の努力よ」

と行った筈だが、破ではそれに代わり、宇宙から落ちて来る使徒を受け止める無茶な作戦を実行しようとするミサトに、リツコが

「奇跡を待つより地道な努力よ」

とミサトに抗議する。


俺は、このポリシー的にはリツコ派だな。一応、俺も理系の端くれだからだろうかね。

後、トウジが3号機に乗らず、妹が無事に退院したのは良かった。テレビでも死ななかったが、彼は、何かただ物語を凄惨にするだけの噛ませ犬みたいな扱われ方に思えて、あのエピソードが嫌いだったから。

ま、代わりにアスカが瀕死になるが、その瀕死のアスカを「まさか処置されないか」みたいな、つまり救われずに殺されてしまわないかというマヤの心配に、「貴重なサンプルを捨てるわけない」みたいなことをリツコが言うのだが、これも、俺としては好感だったね。

ドライっぽいが、「論理的に考えて、ネルフがアスカを見捨てはしない、そんなことはあってはならない、あって欲しくない」と、そういうことだと思う。これは、自らの不安を祈りや願望より論理で否定しようとするということで、理系的には最大の心配をしているということの現れだろう。誤解されやすいが、俺もそういう言い方をして「ひどい」と言われることがあるから共感した。

実際、そんなドライな心境じゃないのは、言いぶりや山と積まれた吸い殻からも推測できる。

ま、別に俺は特別に赤城博士マニアなわけではないが…。今回は、前作のような悲惨な最期は迎えてほしくはないな。


新キャラのマリがどういう思惑で動いているのかも謎のままだし、エンドロール後の予告編はまた大変なことになっていたので、さっさと次の急だかQだかも公開してくれ。

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