テレスコピック式のフロントフォークからオフセットしたホイールは、大径ハブにドラム式ブレーキを内蔵。力学の原則を感じさせるクラシックなスポークホイールが美しい。
水平にマウントされた伸びやかなエキゾーストパイプが端正だ。蒼空を映し込む美しい鏡面仕上げのカバーの下に、熱対策を考慮した無骨なマットブラックが覗く。
クランクケースには世界最高のモーターサイクルメーカーである本田技研のロゴが誇らしげにエンボスされ、放射状の意匠はその燦然たる歴史を暗喩するかのようだ。
グラマラスな曲線を描くカウリングには、この車体が先端技術 PGM-FIを装備していることを示すマーキング。現代の内燃機関らしく、機械のみではなく、情報工学によって制御されるエンジンは高いエネルギー効率を示す。
クラシックな外観の円形ヘッドライトだが、内部はマルチリフレクター化されており、複雑な反射が美しい。もちろん夜は十分な照度を得ることが出来る。
第二種原動機付自転車に分類される小型のエンジンは、必要十分な出力を供給しながらも、化石燃料の消費を抑え、大気の汚染を最小化し、地球との共生、持続可能な文明的生活という今世紀の社会の要請に高いレベルで適合する。
クラシックな意匠の足回りとは異なり、ライダーとの情報インターフェースとなる計器類には、新時代のコミューターらしいエルゴノミック且つ洗練されたデザインが施される。
スピードメーターは100km/hまでスケールを刻み、この車体がレギュラーガソリン1Lあたり60kmというハイブリッドカーを遥かに凌ぐ高い燃費をマークしながらも、日常利用に必要にして十分なパワーをも確保していることを語る。
繁華街で、駐輪場で、住宅街で、田舎道で、林道で。およそ人間の作った道がある場所であればどこにでも馴染む自然な、それでいて個性的なデザイン。これほど、どこに停まっていてもどこで走っていても違和感のないモーターサイクルは他にない。
そしてまた、生半可なオフロード車以上の高い走破性を持つことも有名で、実際に獣道のような登山道で老人が運転するスーパーカブに遭って驚いたこともある。
そう、スーパーカブ。
これは、スーパーカブの50年の歴史の果てに生まれた最新型、スーパーカブ110である。
そして、レッツ4に代わりこれからの俺の通勤の足となるバイクであり、俺が買った初めてのホンダ車である。
ホンダのオフィシャル
…。
どうだろうか。少しはカッチョよく感じていただけたろうか。最後の写真はともかく。
まさか自分がコレに乗ることになるとは思っていなかった。つうか、リード110への乗換をずっと検討してたのだが、購入の3日前に何か魔が差してこうなってしまった。
ま…。今日少し乗ったところ、変則的なシフトや自動遠心クラッチなどはもう少し慣れが必要だが、うん、スクーターよりはだいぶ面白そうだ。
まだ近所を走っただけだが、ごく軽いインプレ。
- リターン式になったシフトだが、踏み込むとアップという普通のバイクと逆の動作、踵で踏んでダウンという普通のバイクにない操作、クラッチがないけどスクーターと違い後ろブレーキは右足、などなど、どうしも不慣れ。ただ、夕方の買い物ではだいぶ慣れつつあったからすぐだろう。
- シフトアップよりダウンが難しい。スムーズにやらないと後輪が滑る。スムーズにやろうとして変則時に(普通のバイクのように)アクセルを煽ってしまうと遠心クラッチが切れないのでいかんようだ。この辺りも慣れだな。
- やはり、日常使用にトランクは必要。ということで早速、箱を買った。それはまた次回に。
- オプションのウィンドスクリーンは良さそう。乗っていて、わざと横から顔を出すと、ああ、実はこんなに風あるんだ、と実感する。視界が完全にスクリーン越しになる高さだから、雨の日に顔が痛いこともなさそうと期待。
- エンジンは実際、そう凄いパワーがあるわけじゃない(当たり前)。しかし、普通の4車線の道路を普通に走るのに何らストレスないレベル。80キロまでは、何事もなく加速可能。
寒くなる時期だが、レッグシールドと風防もあることだし、ショートツーリングでもやってみたい気分だ。気分だけかも知れないが…。
かつてナナハンキラーを操り、京セラ「サムライ」を片手に北の大地を駆っていた君。成れの果てがオイチョカブかよ。
返信削除都民サーキットを疾走した戦士がそば屋の出前にまで堕ちるとは・・・。
サムライは持ってたことねえよ。CANONのオートボーイJETだ。
返信削除堕ちたとか言うなボケ。駅まで通勤するのに大型乗るかよ。
どーでもいーけどさー、もっと他の人からもコメントほしくない?
返信削除ほそピーもコメントしたいと思ってるはずだけど、やり方わからないんじゃ
ないかな?というかこのブログの存在自体知らないかもね。
コメントは別にいらない。あっても困らないが、なくても構わない。
返信削除俺はブログを双方向通信だと思ってない。こんなのは俺の耳垂れに過ぎない。
昔、自己満足のためにホームページを作り、後に人に読んでもらうために作り、いまは他人のためのサイトを作るのを仕事にして、再び俺は自己満足のためだけにブログをつけているのだ。