先に触れた「アルジャーノンに花束を」の中で、天才状態の主人公が自分のことを振り返り、(過去の自分のような者を、)精神遅滞とか白痴とか言ってはいけないらしく「特殊」と言わねばならないらしいが、そんな言葉の置き換えは本質的に何も解決しておらず、いずれ「特殊」という言葉がある特定の人々を指すものとして認知されれば「特殊」は差別用語になりまた別の言葉が考えられるのだろう、というようなことを言う場面があったはずだが、
今は「特殊学級」は差別用語で、「特別支援学級」と呼ぶらしいじゃないか。
”アルジャーノン”は50年前に書かれた小説だが、まったく予想通りの現状というのは、相変わらずなわけだ。
特殊学級は、そこにいる子どもが特殊な感じで、特別支援学級は学級が特別だということで差別的でないということらしいが、特別な支援が必要な人間が特殊であることは間違いない。
例えば、発達障害の原因としてよく知られるダウン症の発生率は1/800だとかで、こういう低い確率に当たった者は、一般的とは言い難い状況にいるのだから特殊と言うことに語弊はないはずだ。
ただ、ある部分に特殊な側面があるからと言って、それが即ち何かの権利を制限したり、個人の尊厳やら価値やらを貶めるものではない、ということが肝要なのであって、特殊であること自体の否定は、結局、論理的な矛盾を抱えるために説得力に欠け、説得力のない論拠で平等を説けば、周囲の人間の根っこに生じる差別意識の解消は望めない。
特殊であることの否定こそが、不当な差別意識、被差別意識の解消を阻んでいるのではないか。
もっとも、こういう問題は、特に親の心情など、論理で割り切るのが必ずしも最適かは疑問なところもあるのだろうが、最終的には、なるようにならないと仕方ない。
余計な擁護、無理な美化を無くさないと、不当な差別、安易な侮蔑も無くなりはしないし、本当の美点も見えては来ないのではないか。
そういう気がする。
まあ、所詮は部外者の屁理屈なのかも知れない。
しかし、痛みに煩悶している当事者の判断がいつも最善とは限らない、ともまた思う。
2009年4月27日月曜日
2009年4月26日日曜日
ウォッシャー液出ないよ!の巻
「!」を付けるほど吃驚する出来事じゃないが。
先々週かな、ヤマメ釣りの帰りに東北道を軽快にぶっ飛んでいたらフロントガラスに巨大な蛾か何かが激突して体液が飛び散り、あっと言う間に風乾燥で白くこびり付き始めたので、いつものようにウィンドウォッシャー液の大量放出を試みるも、ピュッ!チョロチョロ…と、ジジイの小便のような情けない勢いでしか液が放出されず。
ちなみに、俺の愛車はBMW 118iだ。コンパクトなハッチバックと言いつつ3ナンバーでコンパクトさに欠け、しかし居住スペースは確かにコンパクトというイカしたクルマだ。
購入して3年が経とうとする最近、続けざまにトラブルが発生している。1つは電気系。やけにハイテクな自己診断装置が搭載されていて、オイルやブレーキパッドの減りはもちろん、タイヤのエア圧低下やらもインパネに警告してくれるのだが、こいつが誤作動しやがった。
ま、ハイテクなギミックが多く付いているから、故障することもだるだろ…。ということで修理に持って行ったら、期待通りに無料で直してもらえたので問題ない。
で、ウォッシャーなんだが、まあ普通に、水垢で目詰まりしたらしい。ただ、問題なのは、ウォッシャータンクが随分な場所にあって、タイヤを外さないと洗えないとか。
でもまあ、1時間くらい待ってたらこれも当然のように無料で修理してもらえたので、ノープロブレムハクナマタタケンチャナヨだ。
修理に持って行った手間はかかったわけだが、ディーラーは家からクルマで5分とかからんし、しかもきっちり洗車してくれたので、むしろ得した気分すらある。
よかったよかった。
先々週かな、ヤマメ釣りの帰りに東北道を軽快にぶっ飛んでいたらフロントガラスに巨大な蛾か何かが激突して体液が飛び散り、あっと言う間に風乾燥で白くこびり付き始めたので、いつものようにウィンドウォッシャー液の大量放出を試みるも、ピュッ!チョロチョロ…と、ジジイの小便のような情けない勢いでしか液が放出されず。
ちなみに、俺の愛車はBMW 118iだ。コンパクトなハッチバックと言いつつ3ナンバーでコンパクトさに欠け、しかし居住スペースは確かにコンパクトというイカしたクルマだ。
購入して3年が経とうとする最近、続けざまにトラブルが発生している。1つは電気系。やけにハイテクな自己診断装置が搭載されていて、オイルやブレーキパッドの減りはもちろん、タイヤのエア圧低下やらもインパネに警告してくれるのだが、こいつが誤作動しやがった。
ま、ハイテクなギミックが多く付いているから、故障することもだるだろ…。ということで修理に持って行ったら、期待通りに無料で直してもらえたので問題ない。
で、ウォッシャーなんだが、まあ普通に、水垢で目詰まりしたらしい。ただ、問題なのは、ウォッシャータンクが随分な場所にあって、タイヤを外さないと洗えないとか。
でもまあ、1時間くらい待ってたらこれも当然のように無料で修理してもらえたので、ノープロブレムハクナマタタケンチャナヨだ。
修理に持って行った手間はかかったわけだが、ディーラーは家からクルマで5分とかからんし、しかもきっちり洗車してくれたので、むしろ得した気分すらある。
よかったよかった。
2009年4月16日木曜日
アルジャーノンに花束を。そして俺にも。
「アルジャーノンに花束を」は、言わずと知れた名作だと思っている。
高校生の頃に図書室で読んだのが最初で、その後にも読んだ気がするが、今また、読んでいる。
ま、通勤電車の中で、ここのところ仕事寄りの本ばかり読んでいたから息抜きにと思って。この本、よいと思うのに何か忌避する感覚もあって、買ってからしば らく放置してたのだが、読み始めるとやはり、何と言うか、特に今、最初の方の1/3くらいを読んだところだが、10ページ毎に目頭が熱くなるのを感じ、通 勤向けではないなあ、と思いつつ読み進めている。
有名な話だからあらすじは書かない。知らなくて気になるなら、買え。
「りこうになりたい」と切に願う、白痴の32歳、チャーリィ・ゴードン。大学の実験に協力することで68のIQを人並み以上に上昇させるが…
知らなければよかったこと。
わからなければよかったこと。
気づかなければよかったこと。
知識は、知能は、教養は、願っていたような幸せだけを与えてくれるものではなかった。
それは楔となって、人と人との間を穿つ。
…ああ、あらすじ書いてしまった。
それにしても、この話は本当に、何か切実に共感?を感じてしまい、切なくなる。
なぜか?
わからないけど、もしかしたら関係があるのかも知れない自分の記憶。ささやかでショボい幼き日の武勇伝を思い出す。
俺は、幼児の頃、髪の毛と言葉の発達が遅く、この2つについては諦めた方がいいと、親は医者に言われたそうである。
就学前の知能検査では赤点ギリギリ(セーフかアウトか不明)の低空飛行だったらしく、親は通常の就学について検討を要請されたそうである。というか、それは俺自身も覚えている。
結局、普通の小学校に入学したが、「特殊学級」への勧誘を何度となく受けたことも覚えている。体験受講?もした。
この時は、”クラス替え”は嫌だし、なぜ答えのわかりきった質問ばかりされるのかと思った。紙にいろんな図形が書いてあり、これは何?とか聞かれ、三角に決まっているだろう…と思いつつ、そこまで単純なことを聞かれるはずもないと考え、「二等辺三角形」と答えたことを覚えている(俺は二年生だったが、校庭で拾った4年生のテスト用紙を見て、覚えていた。これは自慢)。乗り物とかの絵の時は、「くるま」と答えるべきか、「じどうしゃ」と答えるべきか、あるいは家で親父が言っている(はっちばっく)とか(せだん)とか言うような言葉で答えるべきか迷ったが、それらの言葉の意味も正しい発音も不明だったので、散々迷ってから「…じどうしゃ」と答えた。
判定結果は、通常の授業を受けながら週に数回、そっちの教室にも来るようにだったはずで、数回は行った。
当時、バレンタインデーというものは今以上に流行だったのか、7、8歳の女の子さえ、学校でチョコを大盤振る舞いだった。
きっとそこに恋心はほとんど介在して いなかったのだろうと思えるが、クラスで、1つもチョコを貰えなかったのは俺だけであった。余ったチョコを「誰か欲しいひとー」と言っている女の子に、当 時まだ傷つくことを恐れない勇猛果敢な少年だった俺は「はい!」と元気に返事したが、「お前は嫌いだから嫌だ」と正面切って断られたことは今も覚えてい る。
相手の顔は忘れたが、俺一人だけがもらえない、つまりどうやら俺は1番の嫌われ者なんだと、突然自覚させられた日だ。
…俺は自分で言うのもなんだが、クラスで一番というほどの不細工ではないと思ったのに。なぜに、明確に俺だけ拒否されたんだろう。
…あ。今、突然に思いついた。もしかして、「特殊学級通い」だったからか。クラスで、”明確に俺一人だけが持っていた属性”ってのはそれしかない気がする。…これ正解だったら、今更ながら悲しいな。
カタカナを習う授業の日、他の子達は幼稚園だかで習っていたためか既に読めていて、先生は1時間だけで50文字を教えやがった。俺は、幼稚園など行っておらず、その日初めてカタカ ナを習うはずだったのに教科書を忘れて、教室の後ろに立たされていて、しかも、後ろを向かされていた。
このままでは読めなくなる。まずい。
そう思い、先生 の隙を付いて黒板を盗み見ようとしていたが、隣で同じく立たされていた中島君の貧乏ゆすりがムカついて、殴ってやったら喧嘩になり、俺は結局カタカナを覚 えることに失敗した。リカバリーには結構な時間を要した。ひどい先生だったな。
ちなみに中島君にも負けた。
算数の授業中に挙手して「麦茶が飲みたいです」と発言したことがある。何か意見がある人、ってなことで、「今の授業に関して」と限定されていなかったからいいのだろうと思って。ああ、これではさながら…。
1時間、大声で車掌の真似を続けたこともある。おかげで、俺の席は一定期間、教室の 外(廊下)にされた。授業なんかこれっぽっちも見えねえから、ノートにガンダムを書くことにだけ集中することにした。ひどい先生だったな、やっぱ。
…ちなみに、テスト用紙にザクを書いて提出したこともある。
あ、思い出したが、車掌の真似は俺一人がやったんじゃないのに。なんで俺だけ外になったんだ?背中に「僕は授業を聞けません」みたいな紙まで貼られて。
イジメじゃねえかよ。酷いなおい。
小学校2年の終業式の日、掛け算九九が1の段しか言えなかったので、居残りで補習?を受けさせられたのは明確に覚えている。
通知表には、各科目には「遅れている」という評価が並んでいた。図画工作だけは最高評価だったけどな。って、それではさながら裸の大将じゃないか。残念ながら俺には超絶な記憶力などないが。
ノロノロと給食を食っていると、皿に濡れ雑巾を投げ込まれた覚えが一度ならずある。
仲がいいつもりでいた友達グループが、俺以外だけで楽しい企みをして秘密を共有していることを知ったことがある。
自由に班分けをすると、大抵は余り組になる。
俺の額には、大きな傷がある。脳の手術を受けたわけじゃないけどな。ただの怪我だ。
怪我をしたのは8歳の時だ。額を、24針縫った。
8歳、つまり小学二年まで、「遅れている」一辺倒だった俺の通知表だが。
小学三年の最初の通知表では、「5」が並び、成績優秀ということで委員長など任命された。塾とか行ったわけじゃないし、何の反省をしたわけじゃないが、突然に成績は上がった。
それに連動してかどうか、チョコレートはたくさん手に入るようになった。一時的にだが。
しかし先生に、成績が良くても目付きがダメだから社会に出ればダメ人間だと言われたことがある。10歳で。
ま、俺の場合、「頭に傷を負ってネジが嵌ったんだ」なんて冗談もあったものの、実際のところは、性格が若干アレな上に保育園や幼稚園に行かず、家でも学習せずに小学校に入ったせいで初っ端に出遅れ、3年目くらいで本来のポテンシャルが発揮できた(つっても、普通の公立小学校の”成績優秀”だから、大学進学希望者的には並程度ですよ、念のため。)だけなんだと思ってるが…。
それでも、ささやかながら、「知恵遅れ(気味)」→「学業優秀」という周囲の評価の転換を経験しているし、それを記憶しているので、ことさらにこの本の主人公に共感を覚えてしまう。
もちろん、俺の方の知能は、チャーリィと違って誰もついて来れない領域まで上がったりはしなかったから(当たり前だ)、天才の孤独を知るには至らなかったが。ああ、でも単に性格が悪くて孤独というのはあったか。
ほんとにまあ、戯れ言ですけどね。
高校生の頃に図書室で読んだのが最初で、その後にも読んだ気がするが、今また、読んでいる。
ま、通勤電車の中で、ここのところ仕事寄りの本ばかり読んでいたから息抜きにと思って。この本、よいと思うのに何か忌避する感覚もあって、買ってからしば らく放置してたのだが、読み始めるとやはり、何と言うか、特に今、最初の方の1/3くらいを読んだところだが、10ページ毎に目頭が熱くなるのを感じ、通 勤向けではないなあ、と思いつつ読み進めている。
有名な話だからあらすじは書かない。知らなくて気になるなら、買え。
「りこうになりたい」と切に願う、白痴の32歳、チャーリィ・ゴードン。大学の実験に協力することで68のIQを人並み以上に上昇させるが…
知らなければよかったこと。
わからなければよかったこと。
気づかなければよかったこと。
知識は、知能は、教養は、願っていたような幸せだけを与えてくれるものではなかった。
それは楔となって、人と人との間を穿つ。
…ああ、あらすじ書いてしまった。
それにしても、この話は本当に、何か切実に共感?を感じてしまい、切なくなる。
なぜか?
わからないけど、もしかしたら関係があるのかも知れない自分の記憶。ささやかでショボい幼き日の武勇伝を思い出す。
俺は、幼児の頃、髪の毛と言葉の発達が遅く、この2つについては諦めた方がいいと、親は医者に言われたそうである。
就学前の知能検査では赤点ギリギリ(セーフかアウトか不明)の低空飛行だったらしく、親は通常の就学について検討を要請されたそうである。というか、それは俺自身も覚えている。
結局、普通の小学校に入学したが、「特殊学級」への勧誘を何度となく受けたことも覚えている。体験受講?もした。
この時は、”クラス替え”は嫌だし、なぜ答えのわかりきった質問ばかりされるのかと思った。紙にいろんな図形が書いてあり、これは何?とか聞かれ、三角に決まっているだろう…と思いつつ、そこまで単純なことを聞かれるはずもないと考え、「二等辺三角形」と答えたことを覚えている(俺は二年生だったが、校庭で拾った4年生のテスト用紙を見て、覚えていた。これは自慢)。乗り物とかの絵の時は、「くるま」と答えるべきか、「じどうしゃ」と答えるべきか、あるいは家で親父が言っている(はっちばっく)とか(せだん)とか言うような言葉で答えるべきか迷ったが、それらの言葉の意味も正しい発音も不明だったので、散々迷ってから「…じどうしゃ」と答えた。
判定結果は、通常の授業を受けながら週に数回、そっちの教室にも来るようにだったはずで、数回は行った。
当時、バレンタインデーというものは今以上に流行だったのか、7、8歳の女の子さえ、学校でチョコを大盤振る舞いだった。
きっとそこに恋心はほとんど介在して いなかったのだろうと思えるが、クラスで、1つもチョコを貰えなかったのは俺だけであった。余ったチョコを「誰か欲しいひとー」と言っている女の子に、当 時まだ傷つくことを恐れない勇猛果敢な少年だった俺は「はい!」と元気に返事したが、「お前は嫌いだから嫌だ」と正面切って断られたことは今も覚えてい る。
相手の顔は忘れたが、俺一人だけがもらえない、つまりどうやら俺は1番の嫌われ者なんだと、突然自覚させられた日だ。
…俺は自分で言うのもなんだが、クラスで一番というほどの不細工ではないと思ったのに。なぜに、明確に俺だけ拒否されたんだろう。
…あ。今、突然に思いついた。もしかして、「特殊学級通い」だったからか。クラスで、”明確に俺一人だけが持っていた属性”ってのはそれしかない気がする。…これ正解だったら、今更ながら悲しいな。
カタカナを習う授業の日、他の子達は幼稚園だかで習っていたためか既に読めていて、先生は1時間だけで50文字を教えやがった。俺は、幼稚園など行っておらず、その日初めてカタカ ナを習うはずだったのに教科書を忘れて、教室の後ろに立たされていて、しかも、後ろを向かされていた。
このままでは読めなくなる。まずい。
そう思い、先生 の隙を付いて黒板を盗み見ようとしていたが、隣で同じく立たされていた中島君の貧乏ゆすりがムカついて、殴ってやったら喧嘩になり、俺は結局カタカナを覚 えることに失敗した。リカバリーには結構な時間を要した。ひどい先生だったな。
ちなみに中島君にも負けた。
算数の授業中に挙手して「麦茶が飲みたいです」と発言したことがある。何か意見がある人、ってなことで、「今の授業に関して」と限定されていなかったからいいのだろうと思って。ああ、これではさながら…。
1時間、大声で車掌の真似を続けたこともある。おかげで、俺の席は一定期間、教室の 外(廊下)にされた。授業なんかこれっぽっちも見えねえから、ノートにガンダムを書くことにだけ集中することにした。ひどい先生だったな、やっぱ。
…ちなみに、テスト用紙にザクを書いて提出したこともある。
あ、思い出したが、車掌の真似は俺一人がやったんじゃないのに。なんで俺だけ外になったんだ?背中に「僕は授業を聞けません」みたいな紙まで貼られて。
イジメじゃねえかよ。酷いなおい。
小学校2年の終業式の日、掛け算九九が1の段しか言えなかったので、居残りで補習?を受けさせられたのは明確に覚えている。
通知表には、各科目には「遅れている」という評価が並んでいた。図画工作だけは最高評価だったけどな。って、それではさながら裸の大将じゃないか。残念ながら俺には超絶な記憶力などないが。
ノロノロと給食を食っていると、皿に濡れ雑巾を投げ込まれた覚えが一度ならずある。
仲がいいつもりでいた友達グループが、俺以外だけで楽しい企みをして秘密を共有していることを知ったことがある。
自由に班分けをすると、大抵は余り組になる。
俺の額には、大きな傷がある。脳の手術を受けたわけじゃないけどな。ただの怪我だ。
怪我をしたのは8歳の時だ。額を、24針縫った。
8歳、つまり小学二年まで、「遅れている」一辺倒だった俺の通知表だが。
小学三年の最初の通知表では、「5」が並び、成績優秀ということで委員長など任命された。塾とか行ったわけじゃないし、何の反省をしたわけじゃないが、突然に成績は上がった。
それに連動してかどうか、チョコレートはたくさん手に入るようになった。一時的にだが。
しかし先生に、成績が良くても目付きがダメだから社会に出ればダメ人間だと言われたことがある。10歳で。
ま、俺の場合、「頭に傷を負ってネジが嵌ったんだ」なんて冗談もあったものの、実際のところは、性格が若干アレな上に保育園や幼稚園に行かず、家でも学習せずに小学校に入ったせいで初っ端に出遅れ、3年目くらいで本来のポテンシャルが発揮できた(つっても、普通の公立小学校の”成績優秀”だから、大学進学希望者的には並程度ですよ、念のため。)だけなんだと思ってるが…。
それでも、ささやかながら、「知恵遅れ(気味)」→「学業優秀」という周囲の評価の転換を経験しているし、それを記憶しているので、ことさらにこの本の主人公に共感を覚えてしまう。
もちろん、俺の方の知能は、チャーリィと違って誰もついて来れない領域まで上がったりはしなかったから(当たり前だ)、天才の孤独を知るには至らなかったが。ああ、でも単に性格が悪くて孤独というのはあったか。
ほんとにまあ、戯れ言ですけどね。
2009年3月22日日曜日
無駄に高い正規品
俺は、すこぶる目が悪い。
最近は、楽だし、かつてのように「メガネ=かっちょわるい」という固定観念も失せてきたので、メガネ生活が多い。メガネライフって書こうと思ったけどそれだと店の名前になるからな。
でも、引きこもりでパソコンばかり弄ってるながら時には空手の稽古やらアウトドアな活動やらもしないでもない俺には依然、コンタクトレンズはなくてはならない存在。
そのコンタクト。
使い捨てなので、当然のように一定期間ごとに買わねばならない。ところが、これがすこぶるめんどくせー。近所のコンタクト販売店は激安で鳴らしているが、実際には、購入できるのは半年分まで且つ、半年以内に店舗併設の眼科で取った処方箋が必要、ということで、激安割引と見せかけてある程度は「診察料」で取り返されるという有り勝ちなトリックで忌々しいので嫌だ。
少し高いが診察が無料でさくっと売ってくれる店がもう1つあったのだが、1ヶ月ほど前に潰れてしまい、今回、クソ忙しいさなかにコンタクトが切れてどうしたものかと。
ネットで調べて適当に近隣の店に行こうかと思っていたが、ふと目についたのが、コンタクトレンズ通販のオンラインショップ。
コンタクトの通販は、これも系列の眼科で処方箋をとって(もちろん有料)登録して…みたいな面倒なところか、海外からの並行品を個人輸入扱いで入れるやや怪しげなショップばかりかと思っていたのだが…。
いくらか眺めてると、以下の3つのタイプがあるらしいことがわかった。
結局、俺は3番目に属するショップで買うことにした。度数やB.C.は、前回購入時の記録を見ればわかる(っつうか、もう何年も変わってないしいい加減暗記してる)。
今まではボシュロムのメダリストを使っていたが、ボシュロムレンズに限り処方箋の提示が義務(メーカーがそのように強要している模様)なので、前に使って調子のよかったシードのレンズにした。こっちの方がだいぶ安いし。
そもそも、最近にボシュロムを使っていたのも、俺が買っていた店がシードのを取り扱ってなかったからだし。
や、非常に便利。これは気に入った。
今回の買い物中に感じたこと数点。
追記
ちなみに、ここで買った↓
http://www.contactlens.co.jp/
ここは正規品だが、それでも、実店舗のいわゆる激安店より全然安いと思う。
午後に頼んだら、もう出荷されてた。明日には着きそうだ。驚きのスピードだな。
最近は、楽だし、かつてのように「メガネ=かっちょわるい」という固定観念も失せてきたので、メガネ生活が多い。メガネライフって書こうと思ったけどそれだと店の名前になるからな。
でも、引きこもりでパソコンばかり弄ってるながら時には空手の稽古やらアウトドアな活動やらもしないでもない俺には依然、コンタクトレンズはなくてはならない存在。
そのコンタクト。
使い捨てなので、当然のように一定期間ごとに買わねばならない。ところが、これがすこぶるめんどくせー。近所のコンタクト販売店は激安で鳴らしているが、実際には、購入できるのは半年分まで且つ、半年以内に店舗併設の眼科で取った処方箋が必要、ということで、激安割引と見せかけてある程度は「診察料」で取り返されるという有り勝ちなトリックで忌々しいので嫌だ。
少し高いが診察が無料でさくっと売ってくれる店がもう1つあったのだが、1ヶ月ほど前に潰れてしまい、今回、クソ忙しいさなかにコンタクトが切れてどうしたものかと。
ネットで調べて適当に近隣の店に行こうかと思っていたが、ふと目についたのが、コンタクトレンズ通販のオンラインショップ。
コンタクトの通販は、これも系列の眼科で処方箋をとって(もちろん有料)登録して…みたいな面倒なところか、海外からの並行品を個人輸入扱いで入れるやや怪しげなショップばかりかと思っていたのだが…。
いくらか眺めてると、以下の3つのタイプがあるらしいことがわかった。
- 個人輸入扱いで海外仕様の商品を売る。処方箋はいらない。激安。国内流通価格の半額くらい。ただし送料は高め。海外居住者のサイドビジネスか?
- 実店舗も持つ大手コンタクトショップ。所定の医療機関での処方箋の取得、登録を義務づけるシステム。システムは立派だが、面倒くさい。外出たくないから通販しようとしてんだっつうの。
- 前2者の中庸。国内で正規流通するレンズを扱い、コンタクトレンズ販売の認可も受けているが、原則として処方箋の提示は義務づけない。ただし、処方箋があるユーザを対象としており、少なくとも規約上、新規ユーザは受け付けない。
結局、俺は3番目に属するショップで買うことにした。度数やB.C.は、前回購入時の記録を見ればわかる(っつうか、もう何年も変わってないしいい加減暗記してる)。
今まではボシュロムのメダリストを使っていたが、ボシュロムレンズに限り処方箋の提示が義務(メーカーがそのように強要している模様)なので、前に使って調子のよかったシードのレンズにした。こっちの方がだいぶ安いし。
そもそも、最近にボシュロムを使っていたのも、俺が買っていた店がシードのを取り扱ってなかったからだし。
や、非常に便利。これは気に入った。
今回の買い物中に感じたこと数点。
- ボシュロムは嫌らしいな。処方箋は消費者保護とは違う目的で強制しているとしか思えない。
まず、ボシュロムの並行輸入品は、同じ商品の日本正規品の半額以下だ。しかし、業者はそれで利益を出しているのなら、つまり、日本の正規品は異様に高いのだろう。つまり、ボシュロムジャパンが乗っけてるんだろ。
よくわからんが、なんとなく利権の匂いがして嫌だ。 - 医薬品の通販が「安全じゃない」ということで禁止されようとしており、ろくなところで名前を効かない北里大学の名誉教授がブツブツと何か言ってるようだが、3のような仕組みを取れば、処方箋が必要な薬でさえもかなり安全に販売できるはず。
規制派は、「そういう仕組みを作ってもルールを守らないショップが出る」とか言ってるらしいが、それはもう脳みそが昭和のままだとしか言いようがない。
ルールを破る業者が現れるのはオンラインかオフラインかは関係ない。どこにでも出る。現在において、オンラインでの取引は、自由な一方で何の記録も残さずに行うことは困難で、そういう意味では、手渡しの実店舗で経営者が不心得者なケースの方が、よほど危なっかしいし地下に潜る。 - でも、俺が今もとめてるのは、3番目のタイプのような、現実的にまあ妥当な線で最大限の利便性を提供してくれるサービスだ。きっと大多数の人にとっても、それがもっとも価値とリスクのバランスに優れているはずと思う。
それが最高じゃないかも知れないが、少なくとも禁止は的外れもいいところ。
追記
ちなみに、ここで買った↓
http://www.contactlens.co.jp/
ここは正規品だが、それでも、実店舗のいわゆる激安店より全然安いと思う。
午後に頼んだら、もう出荷されてた。明日には着きそうだ。驚きのスピードだな。
2009年3月21日土曜日
MacBookにOpenOfficeを入れる
ちょっと整理したいことがあって、ExcelかWordのようなもので書類を作りたいと思った。
MacBookだと、クラリスワークス改めAppleWorks改めiWorkだろう…と思ってアプリケーションを開こうとして吃驚。
…ないじゃん。って、買ってないから当然て言えばその通りだが、今まで、LC630からのMacユーザーとしての俺の歴史で、文書作成アプリが付いてきてないのは初めてだ。困るな。Macでも1年に1回くらいは文書を作るのに。
AppleのサイトでiWork’09が無料ダウンロードできるようだったが、30日したらゴミになるファイルなどダウンロードしたくないので却下。
ということで、アレはどうなったろうと思い出したのが、OpenOffice。
俺にとっては、Linux向けで、MS Officeとの互換ソフトとしてオープンソースで開発されていたもの、という程度の認識と、数年前にiBookに入れようとし、慣れないソースからのコンパイルをやろうとしたものの、そのために必要な各種開発ツールの導入ですでに躓いて放棄した記憶があるくらいのもの。
で、検索してみると、立派なサイトが出来ていた。
http://ja.openoffice.org/
しかも、Mac用のバイナリまであるではないか。
http://ja.openoffice.org/download/3.0.1/
ということで、現在ダウンロード中。
どんなもんだろうか。楽しみだ。
-----
ということで、160MBのダウンロードを完了し、インストール。
と言っても、マウントされたイメージから本体をアプリケーションフォルダにコピーするだけ。
数年前にチャレンジしたとき、Cのコンパイラから準備しなければならなかったのとは隔世の思い。
で、さっそく起動し、ワープロ機能で文書を作成してみる。
俺はアウトラインと箇条書きと見出しをよく使うが、その程度の話であれば、いつもMS Officeでやっている作業と何の違和感もない。素晴らしい。
…起動して気づいたのだが、いつのまにかSunのもの?になっていたんだな。ライセンス文書とかちゃんと読んでないから詳しくは知らんが、起動時の画面の隅っこにSunのロゴがあるから。

ちなみに、何の書類を作っていたかと言うと、
まあぶっちゃけ俺が引っ越しをするなら何が要件になるかをまとめてみようと思ったのだが、これを持って不動産屋とかに行けばつまりRFPということになるのかね。
手順としては、いいだろうな。解決すべき問題に対して何かのプロダクトの提供者が提案をする、という意味では、家探しもウェブサイト開発も、つうか何でも、変わらんだろう。
MacBookだと、クラリスワークス改めAppleWorks改めiWorkだろう…と思ってアプリケーションを開こうとして吃驚。
…ないじゃん。って、買ってないから当然て言えばその通りだが、今まで、LC630からのMacユーザーとしての俺の歴史で、文書作成アプリが付いてきてないのは初めてだ。困るな。Macでも1年に1回くらいは文書を作るのに。
AppleのサイトでiWork’09が無料ダウンロードできるようだったが、30日したらゴミになるファイルなどダウンロードしたくないので却下。
ということで、アレはどうなったろうと思い出したのが、OpenOffice。
俺にとっては、Linux向けで、MS Officeとの互換ソフトとしてオープンソースで開発されていたもの、という程度の認識と、数年前にiBookに入れようとし、慣れないソースからのコンパイルをやろうとしたものの、そのために必要な各種開発ツールの導入ですでに躓いて放棄した記憶があるくらいのもの。
で、検索してみると、立派なサイトが出来ていた。
http://ja.openoffice.org/
しかも、Mac用のバイナリまであるではないか。
http://ja.openoffice.org/download/3.0.1/
ということで、現在ダウンロード中。
どんなもんだろうか。楽しみだ。
-----
ということで、160MBのダウンロードを完了し、インストール。
と言っても、マウントされたイメージから本体をアプリケーションフォルダにコピーするだけ。
数年前にチャレンジしたとき、Cのコンパイラから準備しなければならなかったのとは隔世の思い。
で、さっそく起動し、ワープロ機能で文書を作成してみる。
俺はアウトラインと箇条書きと見出しをよく使うが、その程度の話であれば、いつもMS Officeでやっている作業と何の違和感もない。素晴らしい。
…起動して気づいたのだが、いつのまにかSunのもの?になっていたんだな。ライセンス文書とかちゃんと読んでないから詳しくは知らんが、起動時の画面の隅っこにSunのロゴがあるから。

ちなみに、何の書類を作っていたかと言うと、
まあぶっちゃけ俺が引っ越しをするなら何が要件になるかをまとめてみようと思ったのだが、これを持って不動産屋とかに行けばつまりRFPということになるのかね。
手順としては、いいだろうな。解決すべき問題に対して何かのプロダクトの提供者が提案をする、という意味では、家探しもウェブサイト開発も、つうか何でも、変わらんだろう。
2009年3月20日金曜日
備忘録 MacBookのEclipseでTomcat、そしてlog4j
Eclpseはダウンロードして解凍するだけ、Tomcatは解凍して実行権限を与えるだけで普通に動いたが、これを組み合わせるには手順がいる。
普通の操作なわけだが、どうもこの手の作業を覚えるのが苦手だ。
さらに、log4jを入れる。
これは、Tomcatの内部ログをjava.util.loggingからlog4jに変えるぜ!という話ではなく、catalina何とか系のログは勝手にしてもらって、俺が勝手に出したいログだけlog4jを使うという話。
log4jのjarは、http://www.apache.org/からダウンロード。1.2.15にした。なんとなく。
なんとも、謎が多過ぎる。ログ出すのに数時間も使ってしまった。俺も修行が足りな過ぎる。
普通の操作なわけだが、どうもこの手の作業を覚えるのが苦手だ。
- Eclipseの、Window > Show View > Servers
- Serversビューの適当なところ(タブ部分じゃない)をctrl + クリックでNew > Server
- 要は、Server runtime environmentを登録する。名前とかバージョンとか適当(適切)にする
- Serversビューにサーバー出てくる。ここでstart/stopが出来る
- Package Explorerでctrl + クリックし、Dynamic Web Projectを作成
- すると、Eclipseのワークベンチ内にビルド用の環境らしきものが出来て、Eclipseのsrcに作ったクラスが、Tomcatから参照できるようになった
さらに、log4jを入れる。
これは、Tomcatの内部ログをjava.util.loggingからlog4jに変えるぜ!という話ではなく、catalina何とか系のログは勝手にしてもらって、俺が勝手に出したいログだけlog4jを使うという話。
log4jのjarは、http://www.apache.org/からダウンロード。1.2.15にした。なんとなく。
- これを、apache-tomcat-6.0.18/lib/直下にコピー。WEB-INF/libでいいはずだが。ダメだったような。
- Eclipseでは、Package Explorerでsrcフォルダをctrl + クリック、Build Path > Configure Build Path
- LibrariesタブでAdd Extarnal JARsにてどこに置いてあるのでもいいからlog4jのjarを足す
- ここがハマったところだが、Package ExplorerでWEB-INFをctrlクリックし、classesという名前でフォルダを作る。で、そいつをctrlクリックで、log4j.propertiesを作る。Java EEパースペクティブじゃないと見えなかったりする。何コレ?
…前のバージョンでは、この方法だとクラスファイルが出来るときにlog4j.propertiesが消えちゃわなかったか?今は?あるいはMacでは?この方法以外ではパスが通らなかった。
なんとも、謎が多過ぎる。ログ出すのに数時間も使ってしまった。俺も修行が足りな過ぎる。
2009年3月14日土曜日
MacBook(10.5.6 Leopard)にApache Tomcat6.0.18を入れる
家で仕事をするつもりじゃないし、プログラミングは仕事であり趣味ではないつもりだが、どうにも試してみたいことがあってともかくJSPを動かしたい。
ということで、MacBookにTomcatを入れることにした。
いくらMacがUnixベースになったからとは言え、やはり普段仕事で使っているLinuxと同じには作業できないというのが俺の認識であり、その上俺は、職場でも滅法、インストールやら設定やらに無知で無頓着な人間であるから、どうも面倒な作業な気がして仕方ない。
が、さくっとググったところでは、まあいくつか方法があってそう面倒ではないようなので、まあやるか。と。
どうせなんで、なるべくコマンドなど使わずに、どこまで簡単にやれるものかと。
以下、手順のメモ。
まずは、公式サイトを訪う。
http://tomcat.apache.org/
Downloadメニューから6.xを辿り、ダウンロード画面へ。
Binary Distributionsの、"Core"の方のを、普通にリンクをクリックしてzipファイルを取得。
http://ftp.riken.jp/net/apache/tomcat/tomcat-6/v6.0.18/bin/apache-tomcat-6.0.18.zip
※Apacheのサイトの注意書きに、tarはMacOSのtarでないので固めてるからMacOSでは使えない的なことが書いてあったので、zipを選択するのが賢明ぽい。
さて、ここから。
…すげえ簡単じゃん。拍子抜けだ…。

Macで見るとTomatのデフォルトページでさえ、30%程度はかっこよく見える。うん。
つうか、この作業中に、Mac標準の画像表示ツール、”プレビュー”がすげえ機能拡張されていることを発見。これはもうプレビューというレベルじゃないだろう。やっほう。
ということで、MacBookにTomcatを入れることにした。
いくらMacがUnixベースになったからとは言え、やはり普段仕事で使っているLinuxと同じには作業できないというのが俺の認識であり、その上俺は、職場でも滅法、インストールやら設定やらに無知で無頓着な人間であるから、どうも面倒な作業な気がして仕方ない。
が、さくっとググったところでは、まあいくつか方法があってそう面倒ではないようなので、まあやるか。と。
どうせなんで、なるべくコマンドなど使わずに、どこまで簡単にやれるものかと。
以下、手順のメモ。
まずは、公式サイトを訪う。
http://tomcat.apache.org/
Downloadメニューから6.xを辿り、ダウンロード画面へ。
Binary Distributionsの、"Core"の方のを、普通にリンクをクリックしてzipファイルを取得。
http://ftp.riken.jp/net/apache/tomcat/tomcat-6/v6.0.18/bin/apache-tomcat-6.0.18.zip
※Apacheのサイトの注意書きに、tarはMacOSのtarでないので固めてるからMacOSでは使えない的なことが書いてあったので、zipを選択するのが賢明ぽい。
さて、ここから。
- ダウンロードしたzipファイルは、普通にダブルクリックで解凍した。
- 場所どうしようかと思ったけど、とりあえず、FinderでMacintosh HDの下にDeveloperなるフォルダがあったので、用途あってるかわからないけどまあいいだろ、と、展開したapache-tomcat-6.0.18をコピー。
- ここでいきなり起動させようと思ったが、startup.shをクリックしたらテキストエディットで開かれてしまい、
- 仕方ないので、観念してターミナルを起動。
$ cd /Developer/apache-tomcat-6.0.18/bin
$ chmod +x *.sh - ./startup.sh
- ブラウザで、http://localhost:8080にアクセス。
- 起動確認完了
…すげえ簡単じゃん。拍子抜けだ…。

Macで見るとTomatのデフォルトページでさえ、30%程度はかっこよく見える。うん。
つうか、この作業中に、Mac標準の画像表示ツール、”プレビュー”がすげえ機能拡張されていることを発見。これはもうプレビューというレベルじゃないだろう。やっほう。
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