正月明けの三連休は、そのうち1日は遊びに行こうと決めていて、実際にスーパーカブでツーリングに行った。
それはそれで、なかなかつらいけど面白かった。
その充実感の余韻にひたりつつ、連休最後の日は家で家族とゆっくり過ごそうと決めていた。昨日、休日にも関わらず1歳の娘と留守番させてしまった妻を慮ってのことでもある。
食事の用意や片付けを省いて少しゆっくりしたいというのもあって、夕方、カブで近所のスーパーへ。妻は寿司がいいと言っていたから、パック寿司を物色。寿司屋で寿司、というのは1歳の娘がもうちょい育ってからだ。
買い物に行くといつも迷ってしまって時間が遅くなるのだが、今日はちょうど成人の日スペシャルの寿司がうまそうだったのでそれを2つと、寒ブリの刺身が美味そうだったから購入。寿司のともにいわし団子で汁を作ってやろうと考えていたから、そこに2、3切れ入れてブリしゃぶもどきも出来るかな、などとほくそ笑む。いやいや、脂が乗ってうまそうだから素直に刺身で食おうかな…。
店を出て、カブのリヤボックスに、寿司と刺身が崩れないように丁寧に収納し、帰路につく。といっても、わずか5分程度の道のりだ。今日は買い物も手早くできたから焦ることはない。
カブには防寒用のハンドルカバーを付けていて、それと軍手の併用で寒さを凌いでいるのだが、来る時、汚れた軍手を新しいのに取り替えた。この時、うちの軍手ストックから、ゴムの滑り止め付きをチョイスしたのだが、これが滑らな過ぎて操作性が悪い。
それで、帰りは距離も短いし、軍手をしないで発進した。
大通りを走り、家が近づく。いつも左折する交差点に差し掛かったが、なんとなく、もう一本先の路地へ。交差点を経由していくと、左折してすぐに三車線の右折レーンに入らなければいけないので敬遠する気持ちが働き、また原付だから路地を通るのに抵抗が少なかったのが選択の理由だ。(俺は、クルマの時はなるべく路地は通らない。)
路地とは言っても幅6mほどで両側に植栽付きの歩道が確保されている道へと左折で入る。突き当たって右に曲がればすぐ家だ。いつも買い物が遅いと言われる俺にしては早い帰宅に妻も喜ぶだろう。食事の準備をしない分、手が空いたら娘と遊んでやろう。
前方で細い路地が交差している。交差している方には一時停止に標識があり、そこに進んで来たクルマが停まった。この道からクルマが出て来ることは多くはないが、見通しはよく、増して暗くなりライトを点灯しているから見落とすようなことはない。
右手のクルマが一時停止を律儀に実行するのを見届け、俺は一瞬緩めたアクセルを戻し、そのまま交差点を通過しようとした。
通過しようとしたその瞬間。
視界の右端に映るクルマ、ミニバンが勢いよく加速するのをスローモーションのように認識した。
…あーあ、もう避けられねえ、なんでこういう日に限って…。
咄嗟に、衝突を予測した。回避は諦めていた。バイク歴は長いし、事故に遭ったことも一度じゃない。これは、もう避けられないということはわかって、ただ残念に思った。寿司、中トロ入ってたのに。
ただ、自分の速度と先方は発進直後という兼ね合いから、そう大事故にはならないとタカを括ってもいた。
が。
「バン!」
と耳をつんざくような大音響。そして予想より大きな衝撃。
右側面、真横に、真正面から突っ込まれたのと、パワーのありそうなミニバンでなかなか躊躇いのない発進をされたせいだろう。力積が大きい、そんな感じだった。
身体が浮き上がったのか、自ら飛んだのか両方かはよくわからないが、とにかく吹っ飛んだ。地面に落ちて、すごい勢いで横回転した。
で、最後がいけない。
「!」と、音にならない衝撃とともに回転が止まった。どうやら、歩道の先の壁に激突したようだ。
ヘルメットは半帽型で、とっくに吹っ飛んでいた。…と思う。脱いだのか、よく覚えていない。いずれにしても、顔面を守る役としては不足だった。
顔面を抑えてうずくまる。耳鳴りがして、真っ暗でわけがわからない。なんだこれは。こんなことは今まで無かった。
とりあえず身体を起こして、立ち上がりたい。そして状況を把握したい。だが、やけに暗くて方向感覚が定まらない。夜の事故はこれだから!
くそ、と思って尚、立とうとするが、足に力が入らない。腰が抜けているんじゃない。右足、バイクとクルマにまともに挟まれた右足が、感覚がなくて言う事を聞かない。ぎょっとして手で探り、とりあえず「足」が付いていることを確認したが、それ以上は恐くてすぐに調べてみる気になれない。
そうこうしながら立とうとするが、無様に身体をくの字にするだけで立てない。そうか、左手で顔面を抑えて悶絶してるからか…。
人が駆け寄ってきて、「だいじょうぶですか!」と何度も聞く。うるさい。大丈夫じゃないことくらい一目でわかるだろうが!「生きていますか?」という意味なら、死んでないことも一目でわかるだろう!何を聞いてるんだ!どう答えて欲しいんだ!
少し、状況がわかってきて、手を付いて横座りになり、地面を見つめる。平衡感覚は取り戻しつつある。でも何かおかしい。
で、気づいた。
左目が見えない。左目を覆っていた左手を離すと、血まみれの手が右目で見えるが、左目は闇のままだ。
なんだこれ?なんなんだ?
左手で左目あたりを探るが、別に何かささっているような気配はない。瞬きしてみると出来ている感覚もある。でも見えない…。
ある意味で諦めが早いのか、悲観主義者なのか。
左目と右足がお釈迦になってたらどうすっか…まあ、プログラマは続けられるか…なら妻と娘が食えなくなることはないか…でも、娘が育って、パパがそんなじゃ可哀想だ…不安定なところがある妻は堪えられるだろうか…などと絶望的な気持ちになる。
その間も「だいじょうぶですか!」と必死で絶叫する声がするが、…いろんな意味で大丈夫なわけねえだろうが…。
救急車と警察が呼ばれ、救急隊員が事故状況をざっと聞く頃には、わりと平然と受け答えできるようになっていた。周囲がぜんぜん見えないのは、眼鏡が吹っ飛んでいたからだと気づき、眼鏡を…歪んでるのを無理に直してかけたらものが見えるようになった。左目もぼんやりと見えるようになってきたし、右足もグシャグシャではない。
なんだ…だいじょうぶじゃないか…そういう安堵も湧いた。
ふと、携帯がないことに気づく。持って来てないんだ。すぐ帰るつもりだったから。妻は家で寿司を待っている。そろそろ帰りが遅いと思い始めているだろう。でも、ごめん、ぐちゃぐちゃにしてしまったし、戻ってもう一回買うのもちょっとキツい状況だから先に何か家にあるものを食べて。そろそろ食べないと子どもも愚図り出すし…。そう連絡したいが…。どうしたものだろう。
目と足がついてたからと言っても、まともに頭を打ってるので、病院には行くべきだろう。血もそれなりに出てるし。縫うほどではなさそうだな…と思いつつ、顔面から、手が真っ赤になるほど血が出てるのを処置なしで済ますわけにも行くまい。見れば両手にも傷が。…軍手でもしてりゃマシだったものを…まあ、折れてはいないからいいか。
救急車に乗せられ、隊員に、家がすぐそこだから寄って欲しいと頼むと受け入れられた。いきなり救急隊員がインターホンを押せば妻は動転するだろうから、俺が行きたかったが、担架に縛り付けられているので無理だった。
子どもの頃に一度だけ、額に大けがをして救急車に乗ったことがあるのだが、その頃に比べるとずいぶんいろんな装備が増えてるなあ、と感心しながら車内を眺めていた。
後ろのハッチが開き、妻が、1歳の子どもを抱えて乗り込んで来た。こんな大げさな状態じゃ不安にさせてしまうなあ、と心配しながら…ごめん、寿司は吹っ飛んでしまった。重症じゃないから病院からタクシーで帰る。あるものでご飯食べて、ひっこと寝ていてくれ、と伝える。子どものキョトンとした顔が哀しかったが、まあ…これが今生の別れにならなかっただけ、十分にOKだろう…と思い直した。
そうは言っても、実際のところ、この時点での俺の頭はまだだいぶ錯乱していて、救急隊に伝えて自分の携帯番号も間違っていたくらいだ。
バイタル正常って言葉もかっこいいな、なんて場違いな感想を抱いてるのも、混乱から回復しようとする自己規制だろうな、とも考えた。
一方で、救急車に乗ってから落ち着きつつあり、しばらくしたら左目の視力もすっかり戻った。右足も痛いが、動かせるのでやはり大きな骨折などはなさそうだとも。
その後、搬送された総合病院で足や頭のレントゲン、それに念のため頭のCTを撮り、まず無事であることを確認した。頭のCTは…後から水が溜まったりするのはわかりません、と前置きされたが、まあ大丈夫だろう。
ただ、救急車に乗ってる間に無線から、「交通事故被害者が、なんともないと言っていたが帰宅して数時間後にめまい、嘔吐…」なんてのが聞こえていたからちょっとビビったが…。
額の傷が、おもに擦過傷だが、抉れているところがあり、傷跡が残りそうだと言われた。まあ、既婚だからそう悲観することでもないか…気持ちよかないけど。
結局、あれこれ処置して、警察行って、家に帰ったのは9時頃。自分の食事はなかったので、ちらし寿司と思えばいいかと自分に言い聞かせて、グシャグシャの寿司を適当に摘みながら、娘を寝かしつけた妻に事後報告。
ともかく、半帽だったこともあり、一歩間違えば命を失うか五体満足で済まない可能性が低くなかったわけで、なにせ無事?で良かったということでエビスを飲む。
ま、結局、調子こいてこんな日記を書ける程度で怪我も済んだのは、本当に不幸中の幸いだ。
…そうは言っても、今も左の額からドロドロとリンパ液が漏れ続けてるし、左のまぶたが腫れて試合に負けたボクサーのようだ。顔が腫れて熱を持っているからか、歯が浮いて痛み、飯も食い難い。右足もやけに逞しく腫れ上がっててまともには歩けない。
さっき、ようやく風呂に入るために、額のガーゼを外して初めてじっくり鏡で見たら、なるほど眉尻のあたりが思い切り抉れていて、これは確実に跡になるなとガッカリした。
べつに、この前のエントリーで「美しい」とか言ってのはネタだからどうでもいいが、ともかく目の横から額にかけての擦過傷は傷が浅いので、奇麗に治ってくれるといいなあ。
鏡に映る顔は、まるで四谷怪談の岩だ。左の瞼が赤黒く腫れて垂れ下がり、その横から左額全体が凸凹してヌメヌメとしている。
過去にも、もっと激しく吹っ飛んだことはあるのだが、こんなに厄介なことになったっけ?と思ったら、過去の事故ではいつも、JIS C/スネル規格のフルフェイスヘルメットを被っていたんだよなあ。ヘルメットのファイバーが出て来るほど削れたこともあったけど、いつも顔は無傷だったし、事故後に前後不覚になることもなかった。
とりあえず、ジェットでもちゃんとしたヘルメットを買おう…二度は御免だが、万が一次があった時、死んでからでは後悔も反省もできない。
…ちなみに、8歳の頃に、左の額を事故で強打して大怪我をしたが、その時も岩のようだと両親に言われた。顔が腫れて頭がぼーっとして、前が見え難くて困った記憶がある。ただ、それが治ってややしてから、クラスで最下位くらいだった俺の成績はクラスでトップレベルに突然上がったという驚きの事実がある(笑)。
今回の強打でまた頭良くならないかなあ。元に戻ってバカになったら嫌だな。
2010年1月12日火曜日
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どこが、ささやかです
返信削除無理せず、養生して下さい。また元気になって
釣行記おねがいしますよ!
おいおい!?相変わらず強運の持ち主だな。
返信削除オイチョカブはスクラップか?
>匿名さん
返信削除ご心配ありがとうございます。
溜まり切っていた有給をここぞとばかりに消化中です。
今年のスタートもたぶん3月の思川解禁になるかと…。いつも文句垂れつつ微妙に好きなんですね、あの川。
>ひろし
転けても轢かれてもたいして壊れなかったカブだが、意外な結末が。あとのエントリー見たらわかるよね。