2010年1月16日土曜日

スーパーカブで秩父ツーリング

(まえがき)

結果としては、このツーリングの翌日に事故(貰い事故)に遭い、翌々日には盗難に遭ってしまい、俺の短いカブライフは終わった。
悔しくもあり、切なくもあるが、とにかく久しぶりに”ツーリング”出来たことは良かったのだ、きっと。

   *   *   *

行きたいけど行くか行かないかわからないなあ、なんて言っていたスーパーカブ110でのツーリングだが…実行しましたよ。

正月休みは何もせずに家でひたすらまったりしていたので、1月の連休はどこか行きたいと思っていた。で、
  • スノーボードに行く
  • 釣りに行く
  • ツーリングに行く
のどれかにしようと考えたのだが、スノーボードはもう少し雪がなくなってから(クルマがノーマルタイヤだからな)にしようか、とか釣りは何もこの時期じゃなくても、とか、まあ消去法的な判断に加えて、ツーリングはずいぶんと長いこと行ってないからここらで一念発起してやっとくかということで。

バイクだって寒かろうに何もこんな時期に行かなくても…という気もしたが、結果的には、おかげで一度だけでもカブツーリングが出来たわけだ。


行き先は、過去にもあまり行っていないので新鮮な気がする秩父方面。このエリアは高速道路でのアクセスが悪いのだが、どうせ原付二種で高速乗れないので関係ないしね。

今回は、普段はクルマに積んであるナビを利用してみる。ポータブルの利点をいよいよ活かす時が来たわけだ。
連休初日の夜に俺のクールなポータブルナビ、Garmin(nuvi205)にいくつかポイントを登録しておく。

とりあえずの目的地を群馬県の上野村にある道の駅上野に設定。一般道優先設定でルート探索すると3時間なんぼで着く…らしい。まあそんなもんだろ。

さらに経由地をいくつか設定する。

1つは、ツーリングマップルでいつも気になっていた「関八州展望台」、もうひとつは同じくツーリングマップルに記載されている群馬県中里村の「さざなみ岩」。

どちらもマイナースポットなので、マップルの緯度経度を使って場所を特定しての地点登録。だれかツーリングマップル記載のスポットをまとめたカスタムPOIデータを作ってくんないかな…。こういう場合、自分で作って公開します!というのが素晴らしいのだろうが…俺はマメさとボランティアスピリットに欠けるので無理だスマン。

さらに、本当は…これが一番行きたい場所でもある、「御荷鉾スーパー林道」へと進みたいのだが、おそらく時間が足りなくなりそうなので取りあえず、上野まで行って余裕があればということにしておく。


連休の中日、朝は6時に起床したが結局出発したのは7時直前。

時期柄、この時間でもまだ薄暗い。当然、かなり寒い。が、いつものダウンジャケットに加え、ユニクロで秋に買ったナイロン+中綿のズボンを穿いているので大丈夫だ。…たぶん。

しかし写真せつねえな。これが最初にして最後の出発となろうとは…。

ま、そういう話は置いておこう。

ナビをどう設置するかはだいぶ悩んだが、結局、ジャケットのハンドウォーマーポケットにそのまま突っ込んだ。この状態でボリュームを最大にしたら、走っていてもギリギリでガイダンスが聞こえる。停まった時にざっと確認しておけば、後は音声ガイドだけでだいたい事足りるものだ。
胸ポケットがあればもっとよく聞こえたかも。

ただし、俺は通勤スタイルなのでヘルメットが半帽型で耳がオープンな上、カブにはだっさい大型ウィンドシールドを付けているので聞こえ易いということはあるので、そうでない場合は聞こえるかは不明だ。

まずはさいたま市の自宅から一路、国道463号で西へ。買い物でも使うので走り慣れた道ではあるが、これから数百キロを行くための道だと思うと何か愉しい。これぞツーリング。うひ。

秩父方面へ行くにはまず川越方面へ出る必要があるのだが、原付二種の特典である「有料道路の料金が激安」を活かそうと、富士見川越有料道路を使うことに。ところが、使ってみたらすでに無料化されていた…まあそれはそれで有り難い。今度からクルマでも気軽に使える。

…バイパスなど走ると、カブだからか、クルマに強引に抜かれることがある。俺の前のクルマとの車間は特に広くなく、一定なのにも関わらず無理に並走して来て前に割り込む輩がいる。最初は頭に来て無理矢理前に割り込み返していたが、自分が低能な連中と同レベルに堕ちている虚しさに気づきやめた。

川越は関越道に乗るために通ったくらいしかなかったのだが、今回、市街地を走り抜け、尚かつ少し道を間違えて(ナビがあっても間違えるのが俺イズムだ)しまった結果、なるほど「小江戸」を名乗るだけの風情はあるのだなと思った。氷川神社には厄よけ初詣の人びとが朝から行列していたし、何か古臭い商店だか蔵だかみたいのもポツポツ。でもこの辺りはスルー。

川越を抜けて県道15号川越日高線でさらに西へ。

さいたま市から川越の間はなんだかんだ都市圏だが、川越を西に抜けると郊外らしくなってくる。これより西に大きな市街がないからか。

いつの間にか、交通量も減り、道の向こうに山も見える。ツーリングらしくなって来たな。ただ…足の指先と手指がもの凄く冷たい。家を出て2時間くらいは走ったが休憩してないし…。

コンビニを見つけて最初の休憩。熱い缶コーヒーで手指を温める。それでも、防寒袋+軍手は強力でこの時期にしてはだいぶ楽な気で、少し温めたら十分楽になった。

足の指先の冷たさはもっと深刻だ。カブには一応レッグカバーがあるが、床はないし、足先への風当たりはスクーターより厳しいようだ。初めて、靴に入れるホッカイロというのを購入してみて、早速入れてみたが、これはなかなか具合がいい。
走り始めてからもいい感じだったし、寒い時期の釣りなどでも使えるかな…あんまりしないけど。

肉まんあんまんなども食い、気力も回復したところで先に進む。さらに西へ。

北西に向かう国道299号へ入ってからはぐっと山っぽい雰囲気だ。それなりに幹線道路ではあるが…どう見ても田舎道である。このまま299号を進んでも目的地には着くが、しばらく行ってから県道61号へ右折し、顔振峠を目指す。

山の中の隘路となり、いよいよツーリングらしい。

顔振峠には茶屋が数軒。

案配によれば、その昔、源義経が奥州に逃れる際にこの道を通る時素晴らしい景色のために顔を左右に振ったとか、いやお伴が疲れ果てて顔を振り振り歩いたのだとか、そんな由来だそうだ。

が、俺の理解では、「義経の奥州落ち」、「平家の落人」、「信玄の隠し湯」が意味するものは、「この辺りには何もありません」ということだ。



この峠はわずか700mほどの標高だが、なかなか眺めは良い。関東平野の西の端だからだろう。
大気の条件が良ければ、富士山が見えるそうだ。

この日は好天だったが、青霞になっていて富士山は見えなかった。

この後、ナビを持っているにも関わらずそして分かれ道がほとんど無いにも関わらず少し道に迷ったが、関八州見晴台を目指す。

ツーリングマップルで「絶景」と書かれており、いつも気になっていた場所だ…さして標高の高い山でもないし、いったいどんな景色が拝めるのか…。




ワインディングを快調に進み、ほどなく、「関八州見晴台」の入り口を発見。

少し手前に、駐車場併設の小汚い土産店(ただし閉鎖している)があり、入り口っぽく書いてあるが、そこは罠だ。ハイキングなら通るんだろうが…。

その少し上に、この写真の入り口がある。ここからは、歩いて数分で見晴台に着く。

写真の杉林はすぐに切れて、草地に低木が植わった丘を登る。植栽なのだろうが、微妙に高山のようなイメージ?だ。見晴台は登り切った頂上だから、ほんとにプチ登山のような気分を味わえるようにしてあるのだろう。

頂上には高山不動尊奥の院という小さな祠もある。それと、ベンチがいくつかと、景色の案内。

果たして、見晴は…確かに絶景だった。


南と東はずばり平野を見渡せる。南東には都心の高層ビル群の影も見える。こう見るとやはり東京都心はその他市街地とはひと味違う。

南の方には神奈川県の大山なども。青少年時代は神奈川県川崎市で長く過ごしており、「大山牛乳」や「大山豆腐」、小学校の大山登山などで馴染み深い離れ山である。

丹沢や奥多摩の山々も、登山の経験は少ないのだがバイクツーリングやキャンプ、釣りではかつてよく訪れていたところで、そういった連なりを遠く眺めると、何かノスタルジーを感じる。

海まで見えているのかも知れないと思ったが、それは霞んでわからない。



北西は山が多い。

特に西側は、すぐに秩父の山々が迫り、その奥もずっと山。奥多摩方面の山へと続いたり。

北側には平野が広がるが、南や東と違って、平野は長く続かず、その向こうに栃木の山々などが見える。男体山もよく見えた。

個人的には、南西側の富士箱根伊豆丹沢というのは学生時代までの思い出が多く、北西側の山々は、数年前にさいたま市に引っ越すまでの間には縁が薄く、昨年には日光でキャンプして釣りをするなどがあり、景色に自分の人生の時間的な対比を重ねてしまうところがあり、面白い。

それはそれとして、関八州を見晴らすとはなるほど、関東平野の端っこの山の尾根筋であるため、ぐるりと360度眺望できて、そのうち西以外は平野をずっと遠くまで見渡せる。

道路からわずかでこのくらいの眺望を味わえるなら、ずいぶん立派なものだ。夜に来て星や夜景でも見ても奇麗かも知れない…途中の道が狭くて恐いけど…。


関八州見晴し台を過ぎてしばらく峠道を走っていると、路面の端に白いものが。ここのところずっと晴天だったはずだが…いつだか降った雪がずっと融けないであるのか?



なんにせよ、要注意だ。

路面は濡れてもいないから、基本的にツルツルということはないが、ブラインドコーナーでいきなり湧き水が凍ってるとか勘弁だしな…。

その後、多少道に迷ったりしつつも峠道を堪能する。飛ばして速いバイクでもないのでそう目を三角にすることはないが、それでも前後にクルマのいない山間の隘路をテケテケと走り、たまに眺望が大きくひらけたり、また薄暗く湿った道になったりとしながらも軽快に走るのは愉しい。

愉しくて、そのうちステップがガリっとか言い出したものの、まあいいかと思っていたら…転けた。とは言え、低速コーナーでスリップダウンしただけなので、カブの損傷は左グリップエンドの傷のみ。

ここと、後はセンタースタンドやステップの端で接地するらしく、プラスチック部品類には1筋の傷も付かなかった。マフラーなどもまったく傷無し。頑丈である。

ちなみに俺は左足を擦りむいたが、まあただの擦り剥けなので「いってェ」で終わりだ。


再び国道299号に合流。

秩父の市街を通り抜ける。そば屋などもそそるものがあったが…昼飯には思うところがあったので、とりあえずスルー。途中、信号待ちで停まった際に目の前の肉屋「ひつじや」なる店が、やけにそそったので揚げ物を数点購入。名前からしてラム肉のいいのを売ってそうだから、ここでラム買って一人BBQとか言うのもやってみたいなあ、と思いつつ。

秩父市外はそのまま抜け、志賀坂峠を超える。

この峠から北側は群馬県になる。

おー、カブで群馬まで来たぞ…とささやかな達成感。だが、北側は路面がシャリシャリしてて結構恐ろしかった。融雪剤が撒いてあるからなのか…シャーベット状のものがそこら中にあって恐い。だいたいこれは滑らないのか滑るのか、少なくとも普通の路面より良い状態でないのは間違いないから、ともかく注意して進んだ。

さて、そのまましばし進むと、「漣岩」なる名所がある。



名所とは言っても、えらい寂れようである。

この写真が、漣(さざなみ)岩である。国道沿いの岩壁で、横に石碑があり、道路の向かいに説明看板がある。


またすぐ近くに駐車場と土産店がある。が、土産店はどう見ても廃業しており、駐車場にはクルマ一台いない。



ステゴサウルスのモニュメントがえらく寂しい。

そもそも漣岩と何か。

これは、露頭と呼ばれるもので、露出した地層である。大きな岩が落ちているのではなく、地盤そのものの岩だ。これに写真で見てわかるように、モンガラモンガラした模様が型押しされたようになっている。
これが、「さざなみ」の化石なのだ。波の化石とは珍妙な、と思うかも知れないが、さざ波のような水流において作られる水の底の地形の遺跡のようなものと思えばいい。

さて、この漣岩は、もともと上記のような、地形の化石であることは知られていたが、後に「恐竜の足跡」として有名になったものだ。写真で言うところの崖の上の方を水平に4歩ほど大きな足跡、少し右に傾いた縦に小さな足跡が見受けられるだろうか。見えないかも知れないが心眼を開けば見えるのだ。

これらが、大きな恐竜と小さな恐竜の個別の足跡の化石だとされる。

注意すべきことは、恐竜が壁を歩いたわけではないということだ。

崖の面は現在、ほぼ垂直に近く切り立っているが、この面に、「漣」の模様が見えるということはだ。漣はほぼ水平の運動でほぼ水平に模様を描いたのだから、この「壁」はかつては「床」だったのだ。その頃に、漣が洗う水辺を恐竜が行き交い、その柔らかい水底に足跡を残した、それがその後、秩父が山になったりする過程で縦になったというわけだ。

この岩からは、この岩が泥から岩になってから90度近くひん曲がっている、つまりこのあたりに激しい地殻変動があったこと、ここにかつて漣の水辺があったこと、つまり、海と陸の境界であったこと、その水辺に複数種類の恐竜が棲息していたこと、それらが歩いていたこと(泳ぐのでなく)、その大きさ(歩幅と足の大きさから推定できる)、…その他多くのことが読み取れるのだ。

ま、多少乱暴な説明だが、だいたいそう言う話だ。

が、普通は、この地味な岩を見てそこまではわからんだろう。説明書きの看板は一応あるが、一発で納得するにはちょっとねえ。

結果、村の期待を背負ったステゴサウルスは寂しく佇む羽目となっている…と。


閑話休題。


志賀坂峠の北側に入ってから、日陰が続いていてえらく寒い。それで昼飯を食うタイミングを逃していたのだが、道の脇に日当りのいい空き地を見つけたので、飯にすることに。


本日の豪華ランチ。ジャジャン。



「外で食うと美味いんだよ」で有名なカップヌードル、そして秩父で調達した揚げ物。鶏ももフライ、手羽先唐揚げ、揚餃子。

揚げ物はプリムスのトースターで温めて食った。なかなか良いあんばいだ。




惜しむらくは、これ、食ってる間に気がついたら日陰になっており、寒かったこと。曇ったわけじゃないのだが、山の谷でギリギリの日向だったから、少し太陽が低くなったらギリギリアウトになってしまった。



ちなみに、飯を食っていた空き地のすぐ近くにあった沢の石。細長いあばたのように見える凹みは、二枚貝類の化石である。空の断面を見るような角度だな。そう見ると、並び方に方向性があるのがわかるだろう。

写真右の大きなものと直交するような角度で左側に小型のものが多くある。

すると例えば、こういうことが推測できるだろう。二枚貝というのは、図鑑を見ればわかる通り、生きているときは縦になって地面に潜っている。死ねば表面に殻だけが散らばる。散らばる殻は平たく並ぶが、生きている貝は縦に何匹もつながるようには並ばない。

とすると、上の写真で、この場所で生きていたの大きな貝か小さな貝か?大きな貝だろう。小さい方は貝殻だ。潜っていない状態の貝殻、ということはここに住んでいたのではない。死んでからここに流されたのではないか。

だとすると、例えば、貝殻が水中に積もる海とはどんな海だろう?水の流れの向き、強さは?…などなど…またいろいろ考えることが出来るわけだ。


…再び話をツーリングに戻す。


さて、すっかり寒くなって来たが、もう少し進む。


そこからは、たいした距離を走ることなく、まためぼしい名所もなく道の駅上野へ。

道の駅上野は…存外、寂れていた。施設はそれなりに整っているようだったが…。時期か。

土産物を物色したが、結局、ちょっと意外なイチゴを買った。朝に取ったばかりだというイチゴが、ビックリするほど瑞々しくて美味そうだったので。実際、帰って食ったら美味かったよ。

さて、冬の短い日は傾き、山にはなんとも侘しい空気が漂って来た。缶コーヒーを飲みつつ少し考える。遅くなると峠は凍結の恐れもあるから、そろそろ帰りたい。

だが、あと少しだけ足を延ばしてみたいところがある。

少し悩んだ末、行ってみることにした。





ここです。

日航機墜落事故の慰霊碑。

この事故の犠牲者に俺の縁者はいないけど、「クライマーズハイ」とか、事故の記録など読んで涙したくらいのことはあるので、行ってみたいと思った。俺は宗教的信仰心というものがほぼ皆無なので、ただの感傷なのかも知れないが、なんとなく、何か記念碑があるなら手を合わせてみたい気がしていた。

…幼くして亡くなった命もある。墜落直後は生きて、生き延びようとしていた子どももいたと言う。その子らに何もしてやれない。
俺には、死んでしまった人間に出来ることなどない。だが、世界はまだ、何もかもをすっかり忘れてはいないよと、呟いてみることは出来る。
それは、自分にとって意味があることだ。そして、自分が社会でまだ当分生き続けるならば、僅かであろうと世界にとって意味を持つ。それが、少し、本当に少しでも、犠牲者の短い人生の有り様の意味を強くするなら、何らかの供養にはなるのではないか。

…子どもが出来たから、そんなことを考えたのかも知れないな。






慰霊碑は公園内の丘の上にあり、そこへ至る道には雪が積もっていた。動物の足跡だけが残る雪に、自分の足跡を重ねる。


…当初の予定では、この後さらに御荷鉾スーパー林道へ行ければなどと思っていたが、それはとっくに諦めていたから、この後一路、国道299号を使って帰路についた。



最後、さいたま市に着く頃には、ぶっ通しで走ったということもあり大分疲れた。後から考えると、安い半帽を被っていたため、頭の一部が当たって頭痛を起こしており、それも大きかったかも知れない。走ってる時は、寒さのせいかな、単なる眼精疲労かな、などと思いながらひたすら進んでいたのだが、帰宅して風呂に入ったら、ああ、メットの形が合ってなかったんだと気づいた。


疲れたし、とにかく1日走って、ビックリするような凄いモノを見たり食ったりはしてないのだけど、何だか久しぶりに疲れて、風呂が気持ち良くて、ビールが美味くて、つまり愉しかった。


   ※    ※    ※

エピローグ

冒頭に書いたように、この翌日にカブはまさかの事故、続けて盗難となる。

あまり言いたくないが、上記のような話だと、オカルト好きな人は呪いだ祟りだ変なモノが憑いただと言いたがるのではないかと。

俺はもちろん、そんなくだらない事は考えていない。それでも、どうしても無理矢理にオカルティックな解釈をしないと納得しない人がいるならば、こう考えて欲しいなと思う。

カブで、俺を完全に見落としたクルマに真横から撥ねられた俺は、まともに右足をクルマとバイクの間に挟まれ、吹っ飛んだ時に半帽メットは外れ、そのままコンクリートに顔面(側頭部)を打ちつけている。

そう速度が大きくなかったとは言え、普通に考えて、死んでいてもまったく不自然じゃないと思うし、五体満足でなくなってもおかしくないような当り方じゃなかろうか。

それが、骨折の一つもなく、1ヶ月以上経った今、どうやら傷跡もわずかしか残らない程度の怪我で済んだのだ。事故が起こったこと自体は不幸だが、その結果はだいぶ幸運な部類に入ると思っている。

ならばつまり、もしオカルトパワーの作用を考えるなら、それはむしろポジティブなものだったのだと。

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